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思考の最果て
雑記、ゲーム、運営サイト関連など、気ままに。毎週金曜に定期更新予定。
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白銀(WriteIDEA)

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ちょっとまじめに
 今回はちょっと真面目な話。
 最近の煩わしさからくる雑感。
 あんまり面白くはないと思うので見たい人だけどうぞ。


 就職活動で成果が出なくてストレスとかフラストレーションが溜まっているとネガティブな考えをしてしまいます。
 正直、面倒くさくてもう考えたくないことばかりです。
 自分が楽しいと思えることだけしていたい。嫌いなこと、したくないことは放り捨てて、自分の好きなように生きたい、なんて思ってしまう。
 世の中が腐ってるとか、日本の未来に希望が持てないとか、明日なんて来なきゃいいのに、なんて思いはそのまま「いっそ死んでしまいたい」という方向まで行きそうになったりもする。
 最近、プラネテス(漫画)を通して読みました。読み直した、が正しいかも?
 ハチマキの葛藤だとか、その価値観の喪失による無気力症のシーンだとか、私が今現在置かれている状況が少し被って見えたような気がして、読んでいてクるものがありました。
 ただ、きっと一番自分に近いのはフィーの息子のアルバートなんじゃないかな、と。同時に、私がなりたいと思っている理想像はフィーなんだろうな、と。そしてある意味、フィーのおいちゃん、ロイのように生きたい、とも。
 やりたくないからやらない。けれどそれじゃあ生きていけない。
 今この世界では、自分一人では到底生きてはいけません。働きたくないから、で働かなかったら私は一生自分の意思で生きることなんてできません。
 一人で生きると粋がって飛び出したりしても、きっと私にはそんな生き方をするだけの力もなければ知恵や度胸も現時点ではありません。単なる無謀や無茶で終わるでしょう。
 両親は「今年中に就職できなくてもいい」と言ってくれました。
 結果として就職できなかったとしたら、それはどうしようもありません。あの時こうしておけば、とか、あの時ああしておけば、なんて言われたところで、その時にその術を知っていなければ意味のないことで、後の祭りでしかありません。それがあらかじめ分かっていたら誰だって苦労しませんから。
 ただ、私は「どうでもいいや」という思考に陥ってしまうことだけはダメだと思っています。
 無気力に、ただ惰性で周りに流される生き方は楽かもしれない。妥協すれば楽な方向へ行けるとまでは思いませんが、少なくとも煩わしい悩みからはかなり解放されるんじゃないかとも思います。
 でも、それではきっと心の底から楽しいと思えることもなくなってしまうような気がします。
 正直、先が見通せない今の自分の未来には不安しかありません。表向きはのほほんと生きていますが、一人になるとネガティブなことばかり考えがちで、常に何かで気を紛らわしていたいのが本音です。
 それでもまだ絶望には至っていないのが救いかもしれません。まだこうして自分が生きていられるということが、これから先も生きていける可能性を示しているのだから、そこまで悲観することでもないんじゃないか、と思わせているんだと思います。
 まだ何もかもを失っているわけではないし、新しいものを掴めないだけなら、まだ希望はあるんじゃないか、と。
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この記事に対するコメント
希望と絶望
ある時期の私の心境に似ています。
(と書きますと、「今は違うしw」という高みから見下ろすような印象を受けるかもしれませんが、せめて言葉の上だけでも否定させて下さい)

確かに、今、私はそういった状態にはありませんが、今の私の状態が、果たしてその時よりも「よいもの」なのか、全く自信をもてませんので。

取り敢えず、私の価値観で書きますと、時に「希望」は、「絶望」に変わると、私は思います。逆に、「絶望」がすべての原動力になることもあります。

私は、すべてを諦めようとしました。そして、実際いろいろなもの(といっても、精神的部分が大きいのですが)を失いました。
しかし、その状態を経たことにより、また様々なものを得ることができました。

抽象的で申し訳ないのですが、そのとき私が、かたくなに「希望」を信じようとすれば、きっと、本当に壊れてしまったのではないかと思うのです。

「どうでもいいや」と思うことは、ダメなことかもしれません。しかしながら、本当は、「どうでもいい」なんて、中途半端な覚悟で思えるようなことではないでしょう。

中途半端なそれは、「妥協」と呼ばれるものになります。しかし、覚悟を決めたそれは、「絶望」という新しい境地に達することができる、一つの道なのだと、私は思います。

最後に、一つだけ具体的な私の得たものを書きますと、「後悔が無くなった」ことです。よく、タイムマシンがあったらあの時の自分に戻りたいとか、今の能力と知識をもったままあの時期からやり直したいということを聞きますが、私は、一切思いません。頼まれたとしても絶対ヤダ!というくらい。

白銀さんに絶望しろといっているわけではなく、一人の人間の思考を参考までに――いえ、そんなたいそうなものじゃなくて、ただ私が書きたかったから書いただけです(´∀`*)

お目汚しをすみませんでした。
【2009/10/01 21:42】 URL | 遠藤 敬之 #xEh2.WV6 [ 編集]

補足ってわけでもないですが
 コメントありがとうございます(`・ω・´)
 見下ろしているなんて印象は抱きませんから大丈夫ですよ(笑)

 恐らく、今の私の感じている煩わしさやわだかまりといったものは、いずれにせよあと半年ほどで形を変えるでしょうね。消えるかどうかは分かりませんが。

 今回、私は「希望」や「絶望」なんて書き方をしましたが、もしかしたらこの書き方は不適切だったかもしれませんね。
 どうでもいいや、というのは妥協ではなくて自暴自棄ですから、遠藤さんの仰る通り、新しい境地に当たります。
 ただ、私はその境地へ向かうことで自分が失うであろうもの(恐らくは『情熱』とかかな)を手放すつもりはないので、その方向へ進むことを拒んでいる形になります。もし、今の自分がどうしても捨てたくない価値観や思いを抱いたままその境地へ辿り着けるなら、また考えるかもしれませんけれど(苦笑)

 今回の記事は、希望はある、なんて書き方をしてますが、その実「色々あるけど普通に生きているんだからまだそこまで悲観する状態じゃないよね」という内容のつもりでした。

 まぁ、普段の記事は当たり障りのないテンションですが、たまにはこんな雰囲気のも書いてみたくなるんですよ(苦笑)
【2009/10/01 23:58】 URL | 白銀 #vEzGvfOg [ 編集]

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