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思考の最果て
雑記、ゲーム、運営サイト関連など、気ままに。毎週金曜に定期更新予定。
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白銀(WriteIDEA)

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週刊 WriteIDEA -2018.1.12-
 <今週の白銀>
 月曜日が休みだったのでまだ休みボケというか、感覚が平常時に戻らないような感じです。とはいえ、休み自体も感覚的には結構あっという間に終わってしまった印象で、もう休み明けか、といった感じではあるのですが……。
 今年は特に平日はあまり遅くならないように寝て、睡眠時間を増やしたいと思っています。睡眠時間が少ないと平常時の集中力の低下が感じられてしまうので、執筆時間を増やす意味でももう少し時間の使い方を見直したいところ。
 
 
 
 
 <創作の現況>
 バイオリズムの調整に手間取り中。
 
 
 <IDEA Pickup>
 下のコーナーの内容が書いているうちにこのピックアップコーナーでも良さそうな内容になってしまったので今回休載(ノ∀`)
 
 
 <娯楽万歳>
 今回は年明け一回目の娯楽万歳ということで、『創作活動』というものについて。
 ピックアップのコーナーでも良いのですが、娯楽としての『創作活動』ということでこちらのコーナーにて。
 
 私が小説の執筆活動を始めた経緯等はピックアップのコーナーやブログ、サイト内コーナーで語っているのでそういったところは割愛。
 創作活動というものの範囲をどう捉えるかは様々だと思いますが、思いっきり広義に捉えると、幼少期から創作活動は好きでやっていました。
 小さい頃は絵を描くことや、工作をするのが好きで、病弱で外で遊んだりできなかったこともあって、絵を描いたり、ダンボールを材料に武器や鎧を作ったりといったことを良くしていました。穴や窪みのあるブロックを組み合わせたりするような玩具も好きでしたね。
 とはいえ、水を使うようなものは苦手で、習字は水彩画は自分でやるのはあまり好きではありませんでした。水量の調節が苦手だったんだと思います。
 それはそれとして。
 創作活動は「自分の考えたものを形にする」というものだと思っています。
 媒体はどうあれ、文章にしたり、絵にしたり、音にしたり。自分の中にしかなかったものを、外へ向けて表現し、他者の目に触れられるようにする。誰かに見せる見せないに関わらず、一つの形として固定化するということ自体が『創作活動』と言えるのではないかなと思っています。
 自分の頭の中にある妄想、空想、思考、そういったものは時が経ったり、様々な外的要因で変化する可能性があります。以前よりも面白くなったと感じる変化で更新されたとしても、出力されていないものは固定化されません。後から手直しを加えるとしても、一度出力されて形を得たイメージは自分以外の目から見ても一定の形を保ちます。
 創作者の意図とは違う受け取り方をされることがあったとしても、それはそれで「他者の目に触れられた」という証左でもあります。
 拡大解釈ではありますが、こういったブログや日記といったものも創作の一つだと思うのですよね。事実を記録するだけだとしても、どういった言葉を選ぶのか、どんな文章で綴るのか、人それぞれだと思いますし、「何かしら形に出力する」というだけで創作と言えるのではないかなと。
 勿論、これは言葉としての概念についての拡大解釈であって、狭義、というか普段意図して使うのは『物語や世界を文章や絵、音で表現する』という方向だと思います。
 私が個人的に思う『創作活動』の良いところは、「自分が面白いと思ったものを他者と共有することができる」という部分。ここで言うところの「面白い」という言葉は、単に「楽しい」とかいった意味だけではなく、様々なものを含みます。要するに、「表現したいと思ったこと」「誰かに伝えたいと思ったこと」「興味を持って欲しいこと」といったものでもあったりするわけです。
 娯楽的なものではなく、陰鬱な内容であったりしても良く、自分以外の何者かと共有できる形にし、それを目にした人が何かを思う、感じる。それだけで価値や意味が生まれ、そういうことに繋げることのできる状態にする、というのがポイントのように思います。
 幼少の頃、運動で体を動かせない分、指先や頭を働かせるタイプの遊びしか得ることができず、けれどそれらを「それしかないから」ではなく楽しめたこと、好みや趣向に合っていたというのもあるでしょう。
 
 あれこれ語ってはみましたが、結局のところ、「こんな話を考えたんだ、面白いと思わない?」という欲求があり、「面白かった」と言ってもらいたい願望があるわけです。
 その時自分が面白いと思うものを形にし、肯定であれ否定であれ共有できるようにする。当然肯定された方が嬉しいわけですが、形にしている作業であったり、イメージを組み上げる段階であったりが楽しいと感じるのですよね。
 考えている時が一番楽しい、というのもあながち間違いではないんですよね。出力する際に、頭の中のイメージを技量的な問題で上手く出力できなかったりすることもありますし。
 また、自己を創作した世界に投影してみたり、キャラクターという殻を被せて現実ではできないことができる、させられる、というのも魅力でしょうね。
 人間が個という概念を持つ限り、どうしても人によって好き嫌いは生じますから、受け付けないものというのも当然あります。万人受けするものを作る、というのは不可能な話だと思っていますが、より多くの人に受け入れられるように作品をという姿勢自体は良いものだと思います。もちろん、それとは真逆の作り方をするというのも間違っているとは思いません。
 とにかくまずは思うようにやってみるというのが大事かなと。
 そして同時に、形にすることができたならそれを自分にしか見えない場所に置いておくというのは勿体無い、とも思うのです。
 折角、自分以外にも見ることのできる形にしたのであれば、見える場所に置いて、興味を持った人が見れるようにした方が、形にした甲斐があるのではないのかな、と。
 もしかしたら、それに触れたことでその人の中で何かが変わるかもしれません。
 深い意味やテーマ、哲学などがなかったとしても、ただ楽しい、面白い、とい感じられる、感じさせられるだけでもその作品が存在する価値はあるんじゃないかと思うんですよね。
 
 
 <連載>
 準備中
 
 
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