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思考の最果て
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白銀(WriteIDEA)

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週刊 WriteIDEA -2018.8.31-
 <今週の白銀>
 FF14のMHWコラボのリオレウス、マウントを入手できました。極リオレウスの周回中、運良く宝箱からホイッスルがドロップしたのをこれまた運良くロット勝ちできたわけですが、ドロップした上でロット勝ちできるとは思っていなかったので交換に必要な50周を覚悟してたのでかなり気が楽になりました。というか余裕があったらと思っていたコラボ装備を染色可能なものに全部交換した上で今回アイテムに余りが出たのでリオレウスから完全に解放されました。今後、追加実装されるアイテム等がない限りは自主的に行く必要がなくなった感じです。
 一方、MHWのベヒーモスはあまりやれておらず、クリアできていません。そのため極ベヒーモスにも挑戦できないまま終わりそうです。
 仲間内のモチベーションの問題もあったり、私自身もどちらかというとFF14やったり別のゲームやったりしてるせいもあるんですけれど……。
 FF14に関しては新生から5周年ということで明日には14時間生放送があるので楽しみにしています。本放送も面白いんですが、サブ放送も面白いんですよね、これ。でもとりあえずは本放送のアップデートの情報が一番の目玉かな?
 
 
 
 
 <創作の現況>
 ぬぐぐ……難航中。
 
 
 <IDEA Pickup>
 『過去作品における超常能力の設定』談義、第九回。
 今回は『双魂の焔龍』について。
 
 この作品は『魔操世界』や『月刀狼牙』とはまた異なるファンタジー世界観の構築を目指した作品でもあり、要素としては『魔操世界』における龍召喚に近しい技法「ソウル・ドライブ」が主な「超常能力」として描かれています。
 他には「秘術書」なる古代文明の遺産的な古文書があり、科学技術の他に呪術的なものまでが内包されていて、作中世界の現在における文明の発展に少なからず影響しています。
 作中で実際に使用が確認されている古代文明由来のものは、「ソウル・ドライブ」、冷気操作能力を持つ刀「氷牙」、秘術「創造変換の呪」と「蘇魂転生の呪」の4つでしょうか。
 秘術は魔法や呪術の儀式みたいなものとして描かれており、魔方陣や宝石のような触媒などを多用して発動する形のものが作中に登場しています。「秘術書」という表記の通り、それ自体は書物やそれに順ずる記録媒体の形で存在しており、解読には古代文字の知識が必須となっています。
 また、作中でも言及されていますが、未完成のものもあり、古代文明の技術研究の記録という側面のものも多く存在します。
 「創造変換の呪」はいわゆる錬金術で、別の物質への変換を目的としたものでしたが完成には至らず失敗した技術とされています。「蘇魂転生の呪」は死者の蘇生を試みるもので、失われた魂を肉体に呼び戻すものであると作中では期待されていましたがこれまた未完成品でした。
 この呪術的な儀式系の技術は失敗した際に対象とその周辺を巻き込んで予測不能の事態を引き起こすことが多く、作中世界における政府などが厳重に管理しています。この予測不能の事態として、作中では周囲のものを取り込んだ化け物が発生したり、実験の実行者や同行者らに何らかの影響が生じたりしています。
 物理法則を大きく逸脱したり、それを書き換えてしまうようなものが失敗するパターンと言えます。
 死者の蘇生についても、生存していた状態に肉体を戻す以上のことを行おうとしているが故に作中のような失敗を引き起こしていると考えられます。正常に生存していた状態、肉体や内臓の状態から脳の原子配列による細胞組織、電気信号のやり取りを、正常に自我があり思考できていた状態に戻す、あるいは置き換え直すというだけであれば、作中のようなことにはならなかったと思います。魂と定義されるような、理屈では説明の難しいその人をその人足らしめる何かの復元を目指して研究されていた技術なのでしょう。
 
 ※根幹設定のネタバレが含まれるためここより反転※
 さて、執筆当時の設定の根幹にまつわるメモを見ると、『双魂の焔龍』の世界における人間以外の種族の多くは、秘術書が綴られた古代文明時代に生み出された生物兵器が野生化していったものの末裔ということになっています。
 「ソウル・ドライブ」の技法自体も、秘術書と同時代に形作られたものとなっており、古代文明の時代において生物兵器を人間が使用するための技術として生み出されたものだったと考えられます。
 その原理自体までは設定がされていませんでしたが、今振り返って設定を鑑みるに、生物兵器たちは元々そういうことが可能なように作り出された超科学の代物だったと考えることができそうです。
 兵器としての能力・情報を維持したまま肉体を分解あるいは圧縮し、他者の中に保存、持ち主が任意に兵器としての肉体の一部や能力を引き出し、使用することができる。こう書くとまさに道具として武器を扱うが如き発想で構築されたシステムですね。
 かつての生物兵器たちはそうやって使用、使役されることが前提で作られているため、設計段階で存在を圧縮し易くされていると考えることができます。
 人間が魂になった際、人格や意志が対話可能かつ肉体の主導権まで交代可能なほど持ち主にもはっきりと認識できるという違いはそこから来ているのでしょう。武器、道具として使用・使役するはずの生物兵器に肉体の主導権を奪われることがあっては危険極まりないですからね。
 人間も「ソウル・ドライブ」の対象にできる、という理由は恐らく、生物を作中で魂と呼ばれている形に圧縮する技術が人間にも適用できたというだけのことでしょう。生物兵器たちにはそれをする際、持ち主に対して明確な言葉での意思疎通や肉体の主導権交代などといった問題が発生しないように手を加えられ、圧縮精度が落とされている、あるいは何らかのセーフティやロック機構が働くように生物兵器側の生体が調整されていて、圧縮された際に意思疎通や主導権交代が行えないように設計されているのだと考えられます。
 また、これらの「生物の情報を保持しながら肉体をなくしつつ使い手の任意に一部を再出現させたり能力を発揮する」という要素について考えると、プログラムのインストールというのが近いイメージかもしれません。生物兵器としての個体情報を、肉体を抜きに情報のみを抽出し、使い手の脳などに圧縮ファイルを置くような形で保存、使用の際にはその圧縮ファイルにアクセスし、使用したい能力のみを部分解凍し、その情報を元に生物兵器の体組織などを再構成、能力を発揮、使用後はまた再構成されていた生物兵器の体組織や器官を分解放棄、といった感じでしょうか。
 体組織や器官の再構成、分解については、『ライト・ブリンガー』の時にも書いた、脳波や生体電流による原子や素粒子の操作技術が確立しているということなのでしょう。
 
 ここまでの設定を鑑みるに、「創造変換の呪」にてやりたかったことは実際には「ソウル・ドライブ」技術で再現しようと思えばできそうです。物体の原子配列変換を行い任意の物質に作り変えるという点においては、「ソウル・ドライブ」における生物兵器の体組織や器官の生成(それを行う空間の大気成分を原子配列変換していることになる)で部分的には達成できていると言えます。「ソウル・ドライブ」の場合は予め変換する情報を定めているなどの違いはありそうですが、であれば求めるものに応じて情報を置換できれば事足りるとも考えられますし、「創造変換の呪」の研究は破棄されたと見ることができます。
 大気の組成や、そこに存在する原子配列の組み換えによる物質の創造や変換を実現する技術が生み出されたことで、理屈の上では死者の蘇生(生前の状態に肉体の原子配列を戻すことで生命活動を再開させる)や若返り(肉体の原子配列を変更し任意の年齢の肉体にする)も不可能ではなくなったと考えられます。意識や自我を情報として肉体から切り離すことも「ソウル・ドライブ」技術の応用で可能になっていたとすると、これらが用いられていた古代文明がどうなっていたのか、想像するのが大変そうです。

 ※反転ここまで※
 
 
 <娯楽万歳>
 今回は最近ようやく最後まで読み終えた漫画『マギ』について。
 ちなみにアニメ版はいわゆる1期と、外伝の『シンドバッドの冒険』の2つを視聴済みで、2期は未視聴です。
 
 ざっとあらすじを紹介すると、『マギ』という作品は中東風のファンタジーと言える世界観で繰り広げられる物語です。迷宮と呼ばれる塔が世界各地に出現し、攻略者は富と力が得られるとされる世界で、アラジンとアリババ、2人の主人公が出会い迷宮に挑んでいくことになるところから始まり、世界の敵と言われる闇の組織アル・サーメンや、世界を変えようと動く迷宮攻略者たちと関わっていく、というのが簡単な流れとなります。
 
 既に完結してから暫く経っているので、今回はネタバレも気にせずいきます。というか物語後半を語るならネタバレせざるを得ません。
 
 以前も触れたことがありましたが、アニメ版1期ラストの展開が少々不満だったんですよね。シンドリアでのアル・サーメン戦の追加は八人将の活躍の場を与えてキャラの印象を強くするという点ではそこまで悪い改変ではないと思うのですが、アリババの堕転という展開だけは原作漫画のファンとしては許容し難いものでした。
 過去にもこのブログで触れていますが、『マギ』という話における主人公の1人アリババには他の登場人物にはない「他を恨まない」という特異性があり、これをアラジンは後に「すごくないところがすごい」「誰であっても他人のすごいところを尊敬できる」と表現しています。
 このアリババの特徴は物語の最後の最後まで重要なポイントとして描かれており、その要素が、主人公らしさの塊とも言える特徴を持つシンドバッドとの対比として物語でも鍵になっています。
 シンドバッドという男は、外伝漫画などのスピンオフが出るほどのバックボーンを持っており、7つの迷宮を攻略し、その力の象徴たる金属器を持ち、商会から国を創り、滅ぼされ、それでも争いのない世界を作るために再び国を作り、アル・サーメンとも敵対しその暗躍を打破しようと動いているというまさに主人公補正の塊のような存在です。一度国を滅ぼされた際に堕転した国民のルフを自分の中に受け入れたことで半分堕転しているというのもそれっぽい。
 このシンドバッドのあまりにも主人公補正が強過ぎるところも物語では重要になってきます。
 『マギ』という作品は「世界の在り方」「人の生き方」といったものが「どうあるべきか」というのがテーマになっているような気がします。
 運命は既に決まっていて、何をどうしようが過程も結末もあらかじめ定められたものをなぞってしかいない。そしてその生命活動は上位存在である神の存在するエネルギーになっている。
 人間や世界に生きる者達からすれば、神の存在などあってもなくてもさして変わりはないものではあるのですが、その存在や構造を知ってしまった者からすれば「自分の生は本当に自分のものなのか」を疑うことになります。そして何か理不尽な不幸に見舞われた時、「それが定められたものかもしれない」とすると虚しくなったり、恨んだりといった負の感情が出てくるのも道理。
 また、話が進むとそもそも「堕転は悪なのか」という問いかけも出てきたり、この作品はそういった「生き方」や「世界との向き合い方」といった主張が多く見られます。
 
 私にとって驚きがあったのは、終盤の世界の構造とそれに対抗しようとする者たちに対するアリババの答えでした。
 『マギ』では世界は階層構造のようになっていて、上位存在である神が下位世界を創り、その世界の中でのあらゆる事象の流れを養分として生きているといった構図で、下位世界にも神が無数に存在し、それぞれが更に下位世界を創り、という延々と縦横に続く階層構造をしているというものになっています。
 シンドバッドは真に争いの無い世界を創るためには上位存在に搾取される階層構造自体が悪だと考え、この階層の壁を破壊しようとし、そのためのエネルギーを得るために世界そのものを丸ごとルフに還し、全ての神を倒した後に真に平和な世界を作ろうとします。
 それに対するアラジンは同じ階層内での世界同士の壁を破壊する、いわば横方向に世界を繋げようと提案します。
 一方、アリババは縦も横も繋げてしまえばいいと言い出し、その議論にシンドバッドさえも巻き込んでいきます。この、敵対している相手さえも巻き込んで新しい道を探そうとする姿勢が実にアリババらしく、最終局面での少数の犠牲で多数を救うような選択も許容せず、その姿勢を最後まで貫き通すのが好印象でした。
 アリババという主人公は決して全てにおいて優れているわけではなく、どちらかというと凡人側のキャラクター性をしていて、その考え方や人柄や姿勢が周りを自然と惹きつけ巻き込んで事態を好転させていくというのがこのキャラクターを好きになった大きなポイントでした。
 
 序盤は未知の迷宮に挑む冒険もの、中盤は迷宮から得た力で世界を変えようとする者たちの覇権争い、そして終盤はどういう世界の在り方が良いものなのか、と雰囲気が二転三転し規模がどんどん大きくなっていくのも面白いところでした。
 個人的には原作漫画の『マギ』は良作だったと思います。私はかなり楽しめました。
 
 
 <連載>
 休みのうちに更新できたら更新しますorz
 
 
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