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思考の最果て
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週刊 WriteIDEA -2019.2.8-
 <今週の白銀>
 何となく、『Gジェネ』熱が再燃していて、まだ完全にクリアしていなかった『Gジェネレーション ジェネシス』に触れていたりします。モチベーションがある時に遊ぶとやはり楽しくプレイできますね。ただ、SLGだけあって集中して遊んでいると中々に時間が経っていたりして、時間配分が難しい。
 『Gジェネ ジェネシス』は閃光のハサウェイまでの宇宙世紀とGジェネオリジナル機体のみ、という括りがあるため、各時代の性能差などの再現や開発、設計の系譜は細かく出来ているのですが、遊んでいて思うのはやはり収録外の機体では遊べないという部分。最初から分かっていたことなのでまぁ許容範囲ではあるのですが、新鮮味や意外性というのはあまりないですね。
 そういった世界観跨いでの編成には発表された新作の『クロスレイズ』に期待したいところです。W、SEED、00、鉄血の4つに絞られているので、私がトップクラスに好きな機体はほとんどいなさそうなのが残念ではありますが、開発インタビューなどを見るに、新世代Gジェネの基礎作り第二弾的なものらしいのでその次の作品にも期待したいなと思っています。
 FF14も先週末にあったファンフェスでまた新たな情報が出始めていて、こちらもあれこれやりたいことが出てきているので時間が足りません。
 
 
 
 
 <創作の現況>
 『救国のアルザード』10章進捗45%ぐらい。
 
 
 <IDEA Pickup>
 『規制』の話、その2。
 
 前回は規制全般について触れましたが今回はもうちょっと踏み込んで『エロ規制』に焦点を当ててみます。
 ここ数年、同人界隈でも性的表現に関する規制が話題に上ることがあり、ツイッター等でそれを眺めていたりもしたわけですが、基本的に自主規制という形にはなっているものの、やはり過剰ではないか、という意見が多かったように思います。作者が全部自分で印刷などまで行っているならともかく、印刷所に持ち込んで印刷してもらったりする都合上、そういった他者の巻き込みや活動にNGを出されないためには過剰でも自主規制をするしかない、という結論になっていました。
 規制の範囲や仕方については、結構細かく定められており、性器のここは写してはダメ、みたいなのがあるようです。
 とはいえ今回の話は二次元に限った話ではなく、三次元、いわゆるアダルトコンテンツ全般にもかかります。
 そもそも、何故こういった性的表現・性描写を規制するのでしょうか。
 個人的には、そこが一番疑問だったりします。
 「不健全だから」と一口に言うのは簡単ですが、ではこういったエロ描写の何が不健全なのか。
 
 生物学的には、性交、いわゆる交尾をすることによって子孫を遺すという機能は人間にも搭載されています。現状、体外受精や人工授精は技術的に可能になってきていますが、体外で人工子宮などを用いて受精卵を培養育成し母親を介さず子供を育てる、といったようなもの倫理的にどうなのかと議論が交わされているところだと思います。
 要は、「子供はちゃんと母親の胎内で育まれて生まれるべき」、というのが一般的な価値観なわけです。
 その過程にはどうしても性行為というのは切っても切れないものなわけですが、それが何故「不健全」だと判断されてしまうのか。
 仮に性行為が不健全だと言うのであれば、それは人間という種だけでなく生物全体の存続を否定するようなものだとは思わないのでしょうか。だって、一般的にはそれが無ければ子供を作れないわけですから、不健全だと規制するなら子供を作るなと言っているようなものなのでは、と。
 子作りが目的ではない性行為は不健全である、という主張なのでしょうか。だとすれば確かに娯楽や性的興奮、快楽を目的としたアダルトコンテンツは多数ありますし、そういったものをやたらと目にするような社会はどうなのか、という意見にも頷けるところはあります。
 とはいえ、性行為に関連する性的興奮や快楽というのは、生物的に「それ(子作り)を求めるようインプットされている本能」だとも思えます。興奮したり、快楽が得られるからそういう行為に興味を持ったり、意識したり、積極的にやりたくなる、結果的に子供を増やすことになる、という生物種としての本能的なものなのでは、と。逆に、子供を増やそうとすればそういった興奮や快楽を得られるように出来ているわけですから、またしよう、という感想を抱いたり、それらによって充実感を得たりという面もあったりすると思います。
 この辺り、誤魔化したりする必要あるんだろうか、というのが私の疑問だったりするわけです。
 
 人間の生物としての基本機能を自ら「不健全なもの」と切り捨てようとしてないか、と思うことさえあります。
 モザイクや塗り潰し、画面外に追いやったりで直接的に目に出来なくても、表現されているものの本質は性的なものであることに変わりはないでしょうし、そこを誤魔化したり、不健全なもの、見るべきではないもの、としてしまえば正しい知識や性行為のやり方も知らないまま育つ人が出てきてしまうのでは、とも思うのです。
 実際、二次元で表現されているものと現実の行為との間にはどうしても脚色のギャップがありますし、興奮や娯楽を目的としたアダルトコンテンツにおける性行為や表現には魅せるための過剰さや実際とは異なる演出も多く含まれています。
 性器なんて、男女それぞれで形は違えど皆持っているものですし、個人差はあるでしょうが自分と同じ性別の性器が規制されていようが自分のものは見ようと思えば規制なしで見られますし、見せてもらえる関係の相手がいるなら異性のものも見せてもらえるでしょう。モザイクによって「そこがどうなっているか分からない」という方が逆に不自然で問題なのでは、と思ったりするわけです。
 規制して、大人になるまで見てはいけないもの、不健全なもの、という風潮にすることで、逆に子供たちが興味を持って独自に行動したり調べたりして間違った知識や価値観を得てしまう、という可能性は考えられないのでしょうか。あるいは、そういう方面に疎く、どうしたらいいか全く分からない、目にした時うろたえて何もできないという大人になってしまう可能性だってあります。規制だ不健全だ何だで、二次元やアダルトコンテンツでしかそういうものに触れられず、実際に行為に及んでみたら今まで触れてきたものとのあまりのギャップにがっかりしたりする人というのもいそうです。
 正しい知識とやり方、あり方、それに関するモラルというのを、まず性教育として教えるべきではないのか、と。
 人間の生物的な機能にまつわる話であるのだから、モザイクや規制で誤魔化したりせずに教育過程でちゃんと向き合わせる方が結果的には良かったりするのではないでしょうか。
 まだ小さなうちからそういうものは見たり知ったりするべきではない、ある程度成長してから見たり知ったりするべきだ、というなら尚更、ある程度成長している人向けのもの、見たり知ったりするためのもの、であるのだから規制や修正などせずありのままを見せるべきなのでは?
 ショッキングな要素を含むグロテスク系と違って、生物として自分たちが所持しているはずの基本機能にまで規制や修正をかける意義って何だろう。見たい人、見ようとしてる人なんだから見せてあげていいんじゃないのかな、と。
 それらが不愉快? 不健全? 自分たちもそういう行為の結果生まれてきた存在なのに?
 まぁ、確かにそういった行為が街中や人の目がある中平然と行われたり、当たり前のように平然とありふれている世界が正常だとは思いませんが(それが一般常識化してしまうような世界になれば別だけど)、ゾーニングというか、モラルというか、そういうのがきっちりしていれば規制や修正なんてする必要ないんじゃないでしょうか。中には見えない方が想像力をかきたてられて興奮する、エロい、って感じる人もいたりするみたいですが、だとしたら規制や修正って逆効果になってる側面もあったりしません?
 
 少子高齢化を問題にする割に、「子供を作る」という根本的な子孫を増やすための行為に対して触れないのって逆に問題なんじゃないですかね。
 何か論点ずれてきたような気もする。
 
 
 <娯楽万歳>
 書く時間が取れなかったので休載。
 
 
 <連載>
 『ユー・アンド・アイ』
 著:白銀   原案:遠藤 敬之 
 #14
 
 
 並べられた料理は一人分だけで、シルヴィは英司の向かい側に腰を下ろした。
「……いただきます」
 何となくそう告げてから、料理に箸をつける。シルヴィは微笑んで、英司が食べるのを見ているだけだった。
「やっぱり自分で作るより美味いな」
 レシピ通りに作られただけのはずだが、逆にだからこそ自分の手で作ったものよりも美味しい気がした。
 調味料や材料の質に差はあれど、調理方法やかける時間などの誤差は間違いなく英司自身がレシピに従って作る時よりも小さい。今後は同じ食材があれば、ほぼ同じものが食べられるのだろう。
「そう、良かった」
 シルヴィは相槌を打つように、そう言って笑顔を見せる。
 彼女は食事を必要としない。
 AMATに食事をする機能がない、という話ではない。人間と共に過ごすという観点から、口から食物を取り込んで体内で分解するという機能を持たせること自体は可能だ。ただ、分解した養分を人間がそうしているように機械の体の動力にするというのは不可能ではないが効率が悪い。基本的に電力で動いているAMATは、食物の分解にも電力を使ってしまう。分解したものを再利用して電力に回す機構を持たせること自体は出来ても、それだけでは分解するための消費電力と再利用して得られる発電量はつり合わないのが実情だ。そのため、AMATに食事機能を持たせることは、一緒に食事をする、という行為と雰囲気を重視するユーザーに向けたオプションの一種でしかない。
 英司が発注したシルヴィにも、食事機能自体はつけておいたが食物を分解する機構、いわゆる胃袋はコストを下げるために小型のものを選んでいる。
 ユーザーの中には、分解機構を効率の良い肥料製造機構にしてガーデニングや農業に利用している者もいるらしいが。
 ともあれ、見た目が人間と変わらないものであれば共に食事をしたい、という感覚や印象を抱くのも不思議なことではないと英司は実感した。
 
 
 ――つづく
 
 
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