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『ケムリクサ』が素晴らしく楽しかった
 先日1クール12話の放送が終了した『ケムリクサ』についての感想、レビュー、考察諸々の記事になります。
 
 考察などにも触れる性質上、後半は重大なネタバレも含みますので、該当部分では再度警告を入れますが未視聴の方はご注意下さい。
 また、思いを書き連ねていたらまたしても滅茶苦茶長い記事になりました。
 思いのまま書いたので、まとまりがなかったり、同じ事を繰り返し書いているかもしれません。
 でも、それだけ楽しかったのです。
 
 
 
 まずはざっと『ケムリクサ』という作品についてのおさらいをしておきます。
 廃墟で暮らしているらしい姉妹が水を見つけたところに突如現れる一人の青年。わかばと名乗る記憶喪失の彼との出会いによって、その場で終わりを待つだけだった姉妹の心情に変化が現れ、自分たちが生きていくための水を探して旅に出る。
 世界には姉妹たちを脅かすアカムシと言われる存在がいて、彼女らはケムリクサという不思議なアイテムを使って戦いながら進んで行く。
 といった感じのあらすじとなっています。
 
 この作品の特徴は、緻密に描かれている世界を、徹底して登場人物たちの目線でしか語らないところ。徹底的に、主人公の物語として作品を構成しているところです。
 主人公たちが知らないことでも、興味を持っていなければ話題には上がらず、当然の常識だと思っていることはわざわざ語らず、明確な言葉やはっきりした描写として視聴者に与えられる情報は作中のキャラクターたちにとっても必要だと思われるものだけです。
 そのため、昨今の多くの作品にあるような、序盤の世界観説明や設定を開示するような説明的な展開が存在しません。
 視聴者は突如現れた記憶喪失の青年わかばと同じように、いきなり作中世界に放り込まれ、姉妹たちの旅を追うことになります。
 しかし、わかばも完全に視聴者目線(視聴者を代弁し世界観や設定の説明を引き出すキャラクター)というわけではなく、彼個人の興味や好奇心と意思に基づいて行動するため、語られないことが多くあります。
 姉妹たちにとっても、世界は過酷な環境にあり、自分たちが生きていくこと以外にはあまり意識を割く余裕がありません。
 世界観や設定は、作中キャラクターの会話から読み取れる情報と、画面に映る様々な描写から、視聴者が自分で組み立てていくことになります。
 その情報の配置や構成が見事で、おかしいと感じる部分、良く見ていると引っかかる描写など、一瞬製作のミスかと疑ってしまうようなものが実はそれで正しい描写になっているというのが、後々気付けるようになっているのも特徴と言えます。
 伏線が本来の意味で伏線として描写されており、その時には特に何とも思わなかったり、よくよく考えてみると少し違和感を抱くようなものだったりするものが、通して見た後に見返してみると「そういうことだったのか!」と気付くものばかりです。
 世界の謎や設定に関しては、こういった構成のために視聴者各自の想像力や感じ方考え方によって様々な考察が出来るわけですが、物語の軸として必要な芯の部分への印象は多くの人が一貫して抱けるシンプルなものになっているので、考察が出来なくとも主人公たちの物語として楽しむことができます。
 個性的なキャラクターたちの魅力もしっかり描かれていて、キャラものとしても見て楽しめると思います。
 
 私も含めて、作品を考え描いていく際、自分が創造した世界や設定を正しく明確に伝えなくては、と思う人は多いと思います。
 作品を世に出すというのは、少なからず「誰かに伝える」という要素を持ちますから、それ自体は否定されるべきではありませんし、するつもりもありません。分かり易く抱いているイメージを読者に伝える、というのも大切なことです。
 しかし、それをするためには世界観や設定について説明や開示する場面や描写を用意しなければなりません。多くの創作者は、いかに無理なく説明を挟むか、物語の進行のテンポを崩さずに説明するか、といったところに苦心していると思います。
 『ケムリクサ』では、徹底して作中キャラに寄り添った構成がなされていて、作中キャラとは違う視点、知識を持った視聴者だからこそ気付ける世界観のヒントや設定を紐解く手掛かりが映像の中に散りばめられています。
 特に、視聴を続けていて色々な情報が噛み合って自分の中で世界観や設定が腑に落ちる形に構築されていく感覚は、パズルが綺麗に組み上がっていくかのような気持ちよさとカタルシスがあります。
 説明や情報開示を画面に配置された情報だけでさりげなく行うというのは非常に難しいものだと思います。引き算が上手い、という表現も的を射ていると思います。
 物語を表現する上で重要な部分以外は大胆に説明をカットして、さりげない小物やちょっとした描写に落とし込んで、明言しないながらも表現はしている、と感じられる部分が多いのです。
 そこに気付いて理解が深まったり、考察をするようになると、一気に惹き込まれて行くのです。
 
 
 
 
 
 さて、ここから先は私が『ケムリクサ』という作品をどう解釈したのか、どう感じたのか、思ったのか、をだらだらと記していきます。
 
 当然ながら最終話までのネタバレ全開で行くので、これから視聴予定がある方、視聴しようかなと思った方は引き返して視聴後に読み進めて頂くか、ネタバレを覚悟の上でお読み下さい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 『ケムリクサ』は一見すると、ポストアポカリプス的な荒廃した世界観の中で繰り広げられるSFチックな探検ものですが、その実、テーマとして描かれているのはシンプルな「人の生き方、生きる理由」だと思います。
 序盤から「好き」という言葉がそれぞれのキャラクターにとって大切なものとして出てきます。
 しかし、主人公であるりんには「好き」がありません。姉妹の中でも戦う力に秀でている彼女にとって、姉妹は大切なもので、守りたいもの、守らなければと思う「好きなもの」ではあるのですが、他の姉妹たちが「堪らない!」と口にするような「夢中になれるような好き」とは少し違う印象を抱きます。
 欲求というよりは義務や責任感といったものに近い感情を抱いているように見えます。
 失う怖さと、戦う力があるが故の、「自分に出来るのだからそれをしなくては」という思い。
 姉のりつ、妹のりなはそんなりんの思いを知っていて、「もっと自分のしたいことをして欲しい」と言うのですが、ずっとそうして過ごしてきたりんの「自分のしたいこと」は、皆で安全に過ごせる環境を探す、というもので、そのために「姉妹を危険に晒すかもしれないこと」でもあり、葛藤したり、自制したりしていました。
 そんな中、突然現れたわかばは当然異物として映ります。
 りんたち姉妹の他には、無害なムシと、危険な赤霧と攻撃的なアカムシ以外の存在を知らずに過ごしてきたこと、戦いの中で三人の姉妹が命を落としていることから、わかばへの対応は冷酷なまでに敵対する存在へのそれでした。
 ところが、アカムシを倒すために有効なミドリのケムリクサで攻撃しても、わかばは死なず、それどころか傷が治ります。
 自分を「ヒト」だと言うわかばに、りんたちは「ヒトは私たちだ」と告げ、不信感を募らせながらも、得体の知れないわかばを放ってもおけずに、目の届く範囲に置いて監視しつつ行動を共にすることになります。
 
 序盤におけるわかばは、視聴者の目線に近く、世界や様々なものに対して興味を示し、そこで暮らすりんたちに質問をぶつけます。
 りんたちはわかばを信用はしていないものの、質問には答えてくれるのですが、その内容は「知らない」「興味を持たなかったから調べなかった」等、視聴者さえ突き放してくるような内容です。
 徹底して、登場人物たちが知りえた情報以外が入ってこないため初見は面食らうところもありますが、そういうところも含めて登場人物たちの描写にはブレがなく、物語は進んでいきます。
 序盤の「何も分からない」「この世界は何なのだろう」「この作品は何がしたいのだろう」という疑問は生じるものの、ひとまずそれを脇に置いて作品を見ていくと少しずつ色々なものが腑に落ちるようになっていきます。
 りんたちも「分からないなりに何とか生き抜こうとしている」というのが伝わってきて、魅力的に描かれていく登場人物たちの行く末を見たくなっていきました。

 序盤の感想で良く言われることの一つに「わかばがうざい」というのがあります。
 りんたち姉妹の物語かと思っていたところに、突然現れたわかばの存在は確かに異質で、記憶も持たず、由来も分からず、性格もどこか浮いたように描かれています。
 どういった作品なのかがはっきりしない間に、異物が放り込まれたように感じた人たちが多くいたのだと思います。
 私自身も、確かに一番最初に見た時はわかばに対し「確かにちょっとうざいキャラだな」と思ったのは事実です。しかし、視聴を断念するほどではありませんでした。
 視聴者の思いを代弁するようなキャラは作品世界の理解には必要ですし、作中世界に生きる姉妹たちと違って、視聴者に感覚の近そうなわかばの言動や行動には理解できるところがありました。
 何より、わかばという異物が登場し、姉妹に影響を与えていくことで物語が動き出すという構図になっているとも感じましたから、「この異物感すら意図したものではないか」と考えられたのです。
 わかばが登場する前は、生きるための水が残り少なく、1話冒頭で見つけた水でもう少しだけ生きられそうだ、という状況。
 後々分かることですが、姉妹が全員揃っていた頃に遠征に出て、りょう、りく、りょくという3人を失って1島に戻ってきたという経緯を持つ姉妹にとって、りなが分裂して人手を増やしたとはいえ、戦力は大きく低下していて、遠征には危険が付き纏います。りつとりなは「好きなこと」を見つけていて、ある程度満足していることもあって、その楽しみを壊してしまったり、死なせてしまうかもしれないリスクと、もっと長生きできる可能性を探す、というあるのかも分からない希望を天秤にかけるとなれば、りんが躊躇うのも理解できるわけです。
 わかばという良く分からない存在の登場と、姉妹たちとは異なる意識や感覚の持ち主、色んなものに気をかける好奇心、姉妹を助けようとする行動力、といった異物感が「何か新しいことが見つかるかもしれない、起こるかもしれない、変わるかもしれない」といった具体的な希望を後押しすることに繋がっています。
 そのため、りんの思いを動かすためには、姉妹に寄り添うようなキャラクターよりも、やや異質感のある刺激を与えるようなキャラクターである方が良かったのではないでしょうか。
 最後まで見た後だと、このわかばの異質感さえも印象が変わって来るというのが凄いところですが。
 
 姉妹たちはそれぞれ、秀でた感覚を有する代わりに他の感覚が鈍いようで、1話の時点からキャラクターたちの言動の節々から察せられるようになっています。
 ここでもポイントは、りんたち姉妹がはっきりと明言しないことです。
 りなたちが「遠くは良く見えない」とか「早口だと聞き取れない」と言ったり、りつがりんに「何色に見える?」と聞いたり、さらっと流されるセリフの中に「欠けている能力がある」ということが盛り込まれています。
 物語開始当初は、視聴者が考える人間に最も近い肉体感覚や赤い血を流すわかばに対し、りんに「ヒトは私たちだ」と違和感を与えるようなセリフをさも当然のように言わせたりすることで、「姉妹の方が人間からかけ離れた存在に見える」と認識の誘導がなされています。
 これにより、視聴者の目線は何も知らずに現れたわかばに同調し易くなり、何も知らないが故に様々なものに興味を持つわかばと共に作品世界を知っていくという構図で物語が進行していきます。
 しかし、建物の上など高いところから落ちてもさして怪我をしなかったり、電車の車輪を一人で持ち上げたり、わかば自身の存在にも疑問を抱く余地があります。それが顕著になるのは6話、7話以降の、ケムリクサの扱い方を憶えてからで、壁を操作したり、シロたちに「センチョウをやって」と言われたりすることで、わかばが姉妹たちと打ち解けると同時にキーポイントになっていることが示唆されていきます。
 
 そうしたキャラクターの言動、仕草、行動だけでなく、キャラクターが目にした景色や背景に存在する小物など、ありとあらゆる描写に少しずつ散りばめられていた違和感の多くは、最終回の直前、11話で一気に回収されることになります。
 姉妹たちと入れ替わりで死んだという「さいしょのひと」が残した記憶の葉、ダイダイの中に記された「分割後の私へ」というメモ、赤い木の発生理由、姉妹誕生の経緯と同時に、作中世界そのものの情報が明かされ、わかばの存在さえも伏線であったと知ることになります。
 
 これは私が見た限りの情報からの解釈になりますが、
「作中世界はワカバをセンチョウとする宇宙船の中であり、ワカバとその宇宙船は地球文明の途中経過を保存するという仕事をしていた」
「各島はケムリクサ技術により転写された、保存対象として選ばれた地域であり、いわゆる3Dプリントされたもの」
「生物の気配が全くないのも、文明保存のために建築物や地形といった無生物のみが転写されたから」
「島の接続が現実の地形と一致しないのも、日本を丸々転写しているのではなく、文化財的価値があると判断された地域や建造物を選別して転写しているため」
「現実なら金属製のはずの部品が水に浮いたり、車輪を一人で持ち上げられたりするのも、ケムリクサ技術により転写された3Dプリント物質であるため、構成材質や構造、質量が現実とは一致しないため」
「わかばの体が頑丈であったり、寝ている描写が少ないのも、元々のワカバがそういう体質であったため」
「湖の転写時、湖の中で死んでいたりりは無生物と判断され一緒に転写されてしまい、その後蘇生した」
「本来ならその星の人には気付かれてはいけないのだが、ワカバはりりを処理することができず、共に暮らし始める」
「働き詰めで両親を失ったらしいりりはワカバの過労も心配になり、ワカバの性能上限までやればいいという仕事を早く終わらせるために、ケムリクサの性能上限を低下させる効果を持つアカのケムリクサを合成しようとする」
「ダイダイとキイロをムラサキに繋いで合成したケムリクサを止めるアカイロに、少しずらした色も一緒に動くようにしたことで赤い木が暴走」
「ワカバが赤い木の成長を止めようとするも、失敗。赤い木をこれ以上成長させないよう、避難してきた7島の水を全部使う方針に変更」
「新規の種の発芽が赤い木の発する赤霧で無効化されてしまったため、ワカバの体を苗床にして発芽させる方法を思い付く」
「ワカバはりりを赤い木が発生した10島から最も遠い1島に転送、自身を苗床に緑の木を発芽させつつ、各島の間に壁を展開し、赤い木の侵食を阻む」
「りりはワカバが展開した壁など、大人でないと使えない、という言葉を信じていたため、壁を操作してワカバの下へ行くために自身に合成ケムリクサを使い、大人になろうとする」
「ヒトではないケムリクサの状態になることにしたりりは、失敗した時のために複数人に、1つを記憶の葉としてりりの思いと過去をバックアップに取り、ダイダイにはメモを残す」
「ケムリクサ化の処理中に記憶の葉を確認していたりりは、ワカバの居場所を確認しようと転送される直前の視界の映像を拡大し、ワカバが倒れて緑の木が発芽している姿を見てしまう」
「ワカバが死んだと思ったりりは、ワカバと再会し助けるという自分の目的が果たせなくなったと思い、記憶の葉をロックすると共に全員の記憶も消去、ダイダイに記した目的も塗り潰してワカバが最後に言った『好きなことして楽しく生きて』を書き足して消滅」
「りりの思いや人格を引き継がない6人の姉妹が誕生、手探りながらもそれぞれの好きを見つけていく」
「6島まで遠征した際に枯れてしまった緑の木から発生したと思われるミドリちゃんを発見、りつが夢中になり育て始める」
「姉妹のうち、りょく、りょう、りくが死亡し、先に進むのを断念して1島に引き返す」
「1島で新たに発見した水の回収中に、何らかの条件を満たしたのか、緑の木からミドリちゃんに伝達されていた情報からわかばが発生」
「わかばにワカバの時の記憶はなく、体はコピーかクローンだとしても自我や人格は別人。姉妹と行動を共にする」
「りりの性格、意識的な部分を強く継承したと思われるりんは、姉妹が長く生きて行くために世界を何とかしたいと考えたり、自分の夢中になれる好きなものがわかばになっていく」
「りょうの攻撃で赤い木が宇宙船の外壁に衝突し、壁に穴が空いた」
「宇宙船の外は何らかの緑と水が溢れる惑星。地球かどうかは不明だが、姉妹は水を気にせず生きていけそうな終わり」
 と、まぁ、羅列するとこんな感じでしょうか。
 また、宇宙船と地球の位置関係は、「ワープ可能なケムリクサゲート技術が存在するため、ワカバの言葉通りに宇宙船の真下にある必要さえない」と私は思いました。
 宇宙船そのものがどこかの惑星と一体化している、あるいは惑星の内部に存在していて、「船の下に地球がある」という言葉も、単に設置した転写用のケムリクサの下面にワープ用ケムリクサでゲートを展開、転写保存しようとしている該当地域の座標指定をしている、と考えれば、各島の位置が現実の日本の位置関係と異なるのも説明できます。
 また、12話のラストで外に自然があるということで、赤い木があのまま暴走を続け、宇宙船の外にまで侵食してしまった際にどうなるかを考えると、ワカバが対処を急いだのも納得できます。結果的に緑の木は枯れてしまったので、ワカバの狙い通りにはいかなかったわけですが……。
 もっとも、ワカバ自身は自分が再生する見込みもあると思っていたようで、それがわかばの存在に繋がっていると思われます。これが、人間ではないワカバという存在由来の特性なのかどうかは不明です。ただ、ワカバの言動からは、あまり自分の肉体や命に執着していないような様子もあるため、彼らの感覚では肉体の死というのは地球人類のそれとは異なる感覚や概念を持っているのかもしれません。
 考察するに、ワカバの当初の目論見では、記憶なども引き継いだ自身の複製体を生成できるのか、単に肉体を再生させらるのかは不明ですが、少なくともワカバ自身として復活する見込みがあったようです。
 11話のワカバとりりの会話では、「りりを地球に帰そうと思えばできる」ことが示唆されているため、りりは生前の状態に限りなく近い肉体を持っていると思われます。同時に、りりが帰れる、ということは地球は滅んでいないとも推察できます。
 宇宙船外の自然溢れる景色が、地球であるのか、あるいは別の星であるのかは私には判断できません。地球でも良いし、別の星でもいい、と思える描写だと思います。
 個人的には、ケムリクサという地球文明からすればオーバーテクノロジーな技術の存在を考えるなら別の星の方が都合が良さそうかな、とは思います。地球人との遭遇は色々と問題が起きそうですし、完全な新天地となればアダムとイヴ感も演出できますし。りんとわかばたちが生物的な繁殖ができるのかはちょっと分かりませんが……。
 
 そして、ここまでの世界観とストーリーを展開しておきながら、本作のコンセプトは恐らくシンプルに「好き」なのだと感じます。
 色々なことが分からない序盤に置いても、登場人物たちは自分たちの置かれた状況に悲観することなく、好きなことをして生きています。
 りんを除く姉妹たちはそれぞれに「堪らない!」と思うほど夢中になる「好き」を見出していて、何故自分たちが生まれたのか、何故こんな世界にいるのか、どうして世界はこうなっているのか、という視聴者が抱くような疑問を気にすることはありません。唯一、知識欲のあるりょくは興味を示していましたが、1話の時点で既に死んでしまっているため、彼女たちが知りえた情報の開示は中盤以降に挿入されています。
 我々、視聴者は現代という一般常識や生活様式の中で生きているため、創作物の中で分からないことが気になると不満に思いがちです。しかし、『ケムリクサ』の作中世界で生きる姉妹やわかばの目線に立つと、「気がつくと生物の気配が一切しない廃墟だらけの世界にいた」となり、視聴者が生きてきた中で形成される常識や認識というものが適用できない極限環境に投げ込まれたことになります。
 知ることが好きなりょく以外にとっては、自分たちの存在の維持が第一となり、目に映り体験してきたことがそのまま彼女たちの常識を形作っていきます。
 世界観や設定に疑念を抱かないのではなく、彼女たちにとっては「そういうもの」としか映っておらず、かつそれが当然なものでもあるです。
 水さえあれば生きていけるらしい姉妹たちにとっては、何故生きているかよりも、どう生きるかの方が重要で、目的を消されたことでそれぞれが「好き」に生き始めたのだと思います。
 これは私たち現実の人間にも言えることで、『ケムリクサ』は「好きなことする」「好きなものに対して正直に生きる」ということをテーマとしてストレートに表現していると思うのです。
 最たるものは、12話ラストにりんが見せる満面の笑顔と「わかば、好きだ」の一言に集約されていると言えるでしょう。この作品は、このシーンを描くために全てがあったのだと感じられます。
 作品全体を見ても、製作者たちの「自分たちはこういうのが好きなんだ」というのが伝わってくるような丁寧さを感じます。王道的な展開も、そこに至る積み重ねがあるからこそぐっとくる。
 そしてこれは同時に、「好きなことがなければ人は生きていけない」とも言えるのです。
 りりがワカバの死を見て、記憶と目的を消して自我の引き継ぎもせず消滅したのも、達成すべき目標が無くなったからというのもあるでしょうけれど、一番は「りりとして生きていたいと思える好きが無くなった」からだと思うのです。
 生前、両親を亡くし湖で死んだりりにとっては孤独こそが最も耐え難いもので、一緒にいて優しく接してくれるワカバが好きになったのだと思います。そんなワカバが体を壊してまで仕事をしているように見えたため、りりはワカバと過ごす間に学んだ知識と発想で赤い木を生み出して、結果としてワカバを失います。
 ワカバは「大変なことにはなったけど、他者を想ってやったことだから懲りなくていい」「好きなことをして楽しく生きて」とりりを責めることはありませんでした。ここからも、「好きなことをした結果が必ずしも良い結果になるとは限らない。それでも好きなことを我慢するのは良くない。好きなことをして楽しく生きる方が良い」というメッセージ性を感じます。
 緑の木があの大きさに成長し枯れるまでにどれだけの時間が経ったのか、姉妹が生まれてどれほど時間が経過しているのかは分かりません。もしかしたら、かなり長い時間が経過しているのかもしれませんし、実はそこまで時間が経っていないのかもしれません。
 ただ、物語の構成として、全てが上手く噛み合っていると思います。
 発端はワカバがりりを手元に置いて一緒に過ごしてしまったことですが、赤い木が出来て、ワカバが緑の木を発芽させ、壁を作り、りりがワカバを助けに行こうと決意して、姉妹が生まれ、ミドリちゃんを見つけ、1話に繋がって、という全ての事象がそのタイミングで起きなければ物語は成立しなかった、と思えるようになっています。
 長らく敵として認識されていたアカムシや赤い木さえも、その成り立ちにはワカバの仕事を終わらせて長く一緒にいたいというりりの好意や善意があって、ハードでシビアな世界でありながら悪意というものが根底に存在しない、「好き」でしか構成されていない物語だったというのも驚いたところでした。
 善意からしたことが結果として敵を生み出してしまった、という作品は他にもありますが、『ケムリクサ』はその中でもかなりストレートにそれを描いていると思います。
 また、私としてはりんを主人公とした物語として映ったこともあり、りりが救われたかどうか、救いがあったか、は気になりませんでした。救いがあるに越したことはない、とは思いますが、りんの物語としてりりとワカバは過去の存在であり、結果が出てしまっているもの、いわば作中世界の歴史として結末が描かれている出来事として映ったので、そこは変えられないところだろうな、と。りんたちの存在や物語は、その上にあるものだ、という認識なわけです。
 
 しかしここまでくると、作中のBGMや、オープニングテーマ曲、エンディングテーマ曲までも伏線のように感じてしまったり、作品を表現しているように思えてきます。
 オープニングとエンディングはどちらも最近聴いたアニメソングとしてはかなり好みにハマりまして、特にエンディングの姉妹バージョンは延々聴いていられます。
 作風に好き嫌い合う合わないはあると思いますが、私にはとても良質で完成度の高い作品だったと思います。
 暫くは他の人の感想や考察、関連商品の情報などを追っていそうです。
 というか、他の人の解釈や感想とかファンアート見るのも楽しいのですよね。
 個人的には創作物を扱う人には一度は見て欲しいなと思う作品でした。
 
 
 とかこんな記事書いている最中に12.1話が公開されました。
 
 逆さま、ではなく天面にある葉の下にぶら下がる、あるいは上に向かって引き上げられているような建造物たちと、「抽出の葉と関係が?」というりょくのセリフから、宇宙船内部に転写する際に対象を抽出するための領域ということでしょうか。
 「船が正常になって機能が回復したのかもね」というりょくの推測が正しければ、それまでは赤い木の効果によって船の機能を司るケムリクサが停止していた、とも考えられます。
 また、どうやら記憶の葉に保存されていたらしいりょう、りく、りょくの三人は、11話、12話の記憶の葉のロック解除によりその内容をいくらかは知っているようです。これが、記憶の葉の内容全てなのか、りんが見た情報を共有していたのかまでは不明ですが。
 そして、ワカバがいました。
 姉妹の存在を知らないこと、エンドロールでワカバと明記されていることから、わかばとは記憶や意識を共有していない、緑の木になったワカバの記憶や人格を持つ存在だと思われます。
 11話の記憶の葉の回想内でりりが自身をケムリクサ化する際、「プリント前に抽出してるクサ」「ヒトかどうか判別の前に一度抽出までしてるはず」「あれを最初だけ繋いで」「失敗した時のために」「なるべく」「分割は」「一つを記憶の葉に」と言っているため、りりは姉妹を生み出す際、自身を抽出し、成長させ強化した体に意識をコピーあるいは移し変えようとしていたようにも見えます。
 この時の、「失敗した時のために」というところから、本体の葉が散った時に情報を抽出領域に送り、新たに本体の葉を用意すれば呼び戻せるように指定をしていたとすれば、3人は死亡時にそれを看取ったりんが持つ記憶の葉を本体の葉と認識したことで記憶の葉に一時保存され、12話で記憶の葉が消費され散ったことで抽出領域に情報が送られた、という考察(妄想にも近いですが)ができます。
 記憶の葉が本体の葉と同じ形状や色をしているのも、本体の葉として機能する性能を有していたからだと考えられます。
 これが成立するのであれば、姉妹を生み出す際にりりは自分をケムリクサ化するため一度自身を抽出しているはずなので、抽出領域のどこかにりりがいる可能性が出てきます。
 そして、この抽出領域から宇宙船内の物理世界に本体の葉や肉体を用意して情報をプリントアウトすることが出来れば、晴れて全員復活、共存できる可能性があることになります。
 また、この結果自体も、「船が正常になって機能が回復した」が故のものだと考察できるセリフがあることから、それまでの過程があって始めて成立する展開だと示唆されています。
 ケムリクサを停止させる機能を持つ赤い木によって宇宙船を司るケムリクサが停止、抽出領域が機能停止していたことで、枯れてしまった緑の木から辛うじてワカバの再生指示を引き継いでいたミドリちゃんがりつに育てられ、ワカバを再生させようとするも、抽出領域にアクセスできず、ワカバの情報を転写できなかったために記憶や知識を完全に引き継げず別人のわかばが生まれたとも考えられます。
 
 何と言う……。
 通常、ここまで登場人物全員が救済される可能性を提示すると、「ご都合主義的展開だ」「本編の感動が台無し」と批判されかねないものなのですが、この作品ではあまりそういった感情が湧いてきません。
 12話でりょう、りく、りょくの3人が消えてしまった直後に、意味深なセリフを挿入していた辺り、「救われる可能性」は既に示唆されていたとは言えます。
 これらも踏まえて、そこまでの積み重ねや描写の上手さから、視聴者に「全員救われて欲しい」「救われたら嬉しい」という感情を抱かせることに成功しているとも言えます。
 個人的には、このご都合主義的とも言える展開や設定でさえ、多くの視聴者が違和感を抱いたり、台無し感を抱いたり、拒否反応を示したりせず、望み、喜ぶものになっている、してしまえる構成の巧みさ、描写の上手さ、キャラクター性の高さ、物語作りの丁寧さ、という作品としての品質が恐ろしいほどに凄いと思うのです。
 
 また、繰り返しますが、ここまで「悪意が存在しない」というのも驚くべきことで、結果的に悲劇が起きて敵となる存在が発生していながら、その根底にも悪意はなく、善意から、すべてが「好きをしたい」に集約されていながら物語が成立している、という発想力、構成力には感服するほかありません。
 随所に「好きが大事、大切」というテーマ性、メッセージ性が感じられること、視聴者やファンを裏切らないと感じさせてくれる製作への信頼感も好感の持てるポイントです。
 創作を嗜む者として刺激にもなりましたし、久しぶりにリアルタイムで見ていたことまで楽しい作品でした。
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テーマ:ケムリクサ - ジャンル:アニメ・コミック

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