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創作者の端くれとして『けものフレンズ2』に思うこと
 さて、先日1クール分の放映が終了した『けものフレンズ2』ですが。
 端的に言って「世に出して良いものではない」と思いました。
 
 かなり長くとっ散らかった記事になってしまった気がするので結論を先に書いておくと、
 『けものフレンズ2』に足りないのはエンターテイメントとしてあるべき「楽しませよう、楽しんでもらおう」という理念、真摯さで、それがないから積み重ねや描写が圧倒的に足りなく、エンターテイメントとしての最低限の条件すら満たしていない低品質で粗雑なものになっている。
 そしてそれが途中で待ったをかけられないまま、多くの人が憎悪や悪意といった邪悪さや負の印象、反感を抱いてしまうようなものとして、世に出てしまった体制や組織にも問題がある。
 創作をする者としては度し難い。

 こんなところでしょうか。
 
 内容的に批判記事になっているので『けものフレンズ2』が面白かったという反対意見をお持ちの方につきましては閲覧にはご注意下さい。
 
 
 
 
 内容云々、前作との関連云々、言いたいことは多々ありますが、そういった作品としての評価とはまた別に、『けものフレンズ2』がこの形で世に出たことそのものが問題であると私は思います。
 
 前作を否定したり、無かったことにしたり、ファンが望む世界観を壊してしまって批判された続編は他にもありますが、それでもそこには「描きたい何か」「表現したいこと」が少しは感じ取れるものであったり、それ単体として見れば評価できるものであったりすることがほとんどです。
 しかし、『けものフレンズ2』にはそういったものが感じられない。
 製作側は盛り込んだつもりで、実際盛り込まれていたとしても、それが多くの視聴者に伝わるように作られていない。
 
 私個人は、自分も物語を創作する身として、前作とはコンセプトが真っ向からぶつかってしまったり、前作を否定したり無かったことにしたり、アンチテーゼ的な続編を製作することそれ自体は否定しません。
 しかし、そこには何かしら「それをしてでも描きたかったこと」「だからこそ描けるもの」という製作者なりの主張があるべきで、エンターテイメントとして形を与える以上、見た人が娯楽性を感じ「楽しかった、面白かった」と思えるように創意工夫をするべきです。
 製作体制や指揮系統に問題があって結果として低品質なものになってしまっても、その根底のエンターテイメント性が感じられるものであれば、酷評はしてもここまで「これはあっていいものではない」なんて思いません。
 
 最近これに近い思いを強く感じたのは『覇穹 封神演義』でした。
 数多くの登場人物が魅力的に描かれ、巧みに伏線が張られて評価の高かった原作があるにも関わらず、尺の都合はあるとはいえ、それを台無しにするかのような脚本と構成は、「これでは原作の良さだけでなくアニメ作品単体としての面白さも何も表現されていない」と思うほどでした。
 
 話を戻して、前作に当たる『けものフレンズ』の1期の方は、構成が上手い、話運びが巧み、キャラクター描写が細かく丁寧、積み重ねがしっかり描かれていて説得力の展開を経ての大団円、と作品としての質はかなり高いものだと思いました。
 ただ、私個人としては信者と言えるほどの熱狂はなく、「最近見た良作の1つ」ぐらいの認識でいました。
 この辺りは個人の趣向の関係もあるので好き嫌いはあって良いと思います。どんなに大勢が称賛する作品でも、自分が見てしっくりこないものは無理に好きになる必要はありませんし、それこそが人が持つ個性であるとも言えますから。
 
 『けものフレンズ2』に感じる問題の1つは、これが「前作と地続きの続編であると思わせながら、多くの前作ファンにとって理解できない形で期待を裏切り続けた」というところ。
 この、「理解できない」という部分がかなり重要です。
 納得できるかどうかは別として、『けものフレンズ2』という単体の作品としてさえ理解できないほどにあらゆる描写が足りません。
 前作と方向性が違うこと自体は、監督やスタッフが変わる変わらないに関わらずさほど問題ではありません。
 その作品として、「しっかり視聴に耐え得る品質になっているか」どうかがまず一番に大切なことだと思います。
 コンセプトや方向性が違い、ファンの期待通りの展開や設定、ストーリーになっていなかったとしても、その作品単体としての説得力があれば作品として、受け入れられない人が出たとしても、一定の支持は得られるはずです。
 しかし、『けものフレンズ2』では、それが感じられない。
 映像としての品質の低さもありますが、何よりも圧倒的な描写不足、積み重ねの足りなさにより、物語としての説得力が皆無です。
 プロットや展開ありきで配置され、その場その場で一貫性のない言動や行動をするキャラクター、話の展開自体も粗雑で、あまりにもご都合主義的で起伏が感じられず、茶番感ばかりが目立って面白味がない。
 
 そしてまた問題なのが、そういった粗雑かつ稚拙な構成の中に「悪意を感じる」と言われても否定し切れない要素が作品内だけでなく製作に関わるスタッフのインタビューやSNSといった作品外部の関係者の言動からも感じられてしまうこと。
 クリエイターの人間性云々、実際の作品に込められた思いがどうか、というよりも、「多くの人がそう感じてしまった」というところがポイントで、この作品は「1期を潰すという悪意を持って作られた」という印象を与えて拡散されてしまったこと自体に問題があります。
 作品は形を与えられて世に出された時点で、ある意味、製作者の手を離れます。
 そこに描き出された内容から、何を受け取り、どのように感じ取り、どう解釈していくかは、受け取った消費者に委ねられます。感じ方、考え方は人それぞれなので、好き嫌いや解釈違いなども当然生じます。
 製作者の意図は製作者の意図として込められていても、それを消費者がそのまま受け取れるかどうかは作品の内容次第で、多くの人が同じような解釈や印象を抱いたのであれば、その作品はそういうものだ、と言われても仕方がないということです。
 『けものフレンズ2』では、実際の製作側の思惑や意図がどうあれ、そういう「悪意」や「憎悪」といったものを多くの人が感じ取ってしまうような描写になっていた。
 私自身も、前作ファンにとっては到底受け入れられないであろう描写が、今作の物語にとって必要とも思えないのに挿入されているように映りました。
 自分が製作の指揮を執る立場であったなら、以前触れたように既に獲得している客を逃すような要素を入れようなどとは思わないでしょう。全く違う方向性や作風を提示したいなら、例えナンバリングされていても前作とは切り離して全く新しい物語を作る方が建設的だと思います。
 
 商業作品として『けものフレンズプロジェクト(KFP)』から公式に世に送り出されている『けものフレンズ2』が低品質で単純に大失敗したというだけなら、「2は期待はずれだった」で終わる話だったかもしれません。
 しかし、『けものフレンズ2』によって1期が汚された、叩き潰すためのものだった、という印象を与えてしまうと、1期のファンは当然腹を立て、2ひいてはプロジェクトから離れていきます。
 それだけなら作品を正当に評価した結果なので自業自得と言えますが、商業展開として『けものフレンズ2』が1期を覆い隠せてしまう構造が次の問題となります。
 1期を見てファンになり、1期のグッズ展開に期待していた人たちにとって、悪い印象のある『けものフレンズ2』のグッズや関連商品を買いたいと思う人はどれだけいるのでしょうか。作品はクソだったがキャラクターに罪はない、と見ることも出来なくはありませんし、声優やアニメーターなど上に逆らえない末端の人たちには実際そういう側面はあると思います。
 それでも問題なのは、続編が存在することで最新の作品をプッシュしていくという形態を取れてしまう製作委員会方式やプロジェクトの上層部の手で、「1期関連の商品やグッズ展開が絶望的になる」という部分です。
 権利者側から許諾が下りなければ、外部企業によるグッズ開発は出来ません。権利者側企業であっても、より上位の権力を持つ存在から許可が出なければ展開出来ないかもしれません。
 2はクソだったけど前作のアイテムが欲しい、となっても公式に作られなくなったりしてしまうわけです。
 
 そうなると『けものフレンズプロジェクト』だけの問題ではありません。
 製作の上からの指示あるいは独断により、続編展開がファンの望まぬ方向に歪められ、商品やIPとしての展開が殺される可能性があると証明されてしまったことになるのです。
 望まぬ方向に行っても、作品としての質が最低限あって、納得はともかく理解できる面白さがあればまだ救いがあります。
 しかし、『けものフレンズ2』のように、支離滅裂な言動、キャラクター描写、整合性がなく矛盾する展開、前作ファンが嫌悪するであろう描写、多くの人が感想として抱いた「1期を塗り潰そういう悪意を感じる」という印象など、前作から方向転換した作品としても「視聴者に楽しんでもらおう、楽しませよう」というエンターテイメント性が見い出せません。
 端的に言ってこの「視聴者を楽しませよう」「楽しんでもらって気持ちよく商品にお金を出してもらおう」というエンターテイメント商品にあって然るべき根底の理念が感じられない。それはもはや娯楽作品とは言い難く、創作者、表現者の端くれとして、そういう娯楽性のないものを認めることは、エンターテイメントやそれを生み出すクリエイターという存在そのものへの侮辱だとも思えます。
 このような作品が製作途中で「これは世に出せるクオリティではない」「商品にすべきではない」とストップをかけられず、現在のような評判と印象を与える形で世に出てしまったことも問題です。
 言ってしまえば、「自分が熱狂的に好きになった作品が支離滅裂で理解不能な続編で全否定され、前作準拠のグッズなど好きだった部分の関連商品としての展開さえ製作側から許諾が下りなくなり、タイトルとして丸ごと殺されることが起こり得る」という事例を作ってしまったのです。
 
 『けものフレンズプロジェクト』や『アニメ業界』だから、ではありません。
 この点に関しては、エンターテイメントを是として創作をしている身としては批判せざるを得ない。容認してはならないことだと思います。
 多少細部は異なりますが、コジマプロダクション解散問題とかも構図や結果としては似たようなものかもしれません。
 『ガンダムブレイカー3』は面白かったのにシリーズの次回作として発売された『Newガンダムブレイカー』はクソゲーだった、というのとも似たようなものでしょう。
 続編として期待していた内容、前作で楽しんでいた要素、それらの多くが望まぬ方向に変質して楽しくないもの、楽しめないものになっていた。
 ほとんどのファンが「欲しかったのはこれじゃない!」と思ったはず。
 
 業界内部、製作委員会、スタッフ、関係者、製作側でどんな原因や理由や思惑や指示があったのかは分かりません。
 SNSやメディア等に露出する関係者の言動にも問題はあると思いますが、それよりも作品そのものがエンターテイメントとして視聴に耐え得る品質にないことの方が問題です。
 何度も言いますが、作品の方向性やコンセプト自体は前作と違っていても構わないのです。
 しかしそれはその作品がその作品として楽しみを見い出せるクオリティを満たしていることが最低限の条件です。
 もしもこの作品が本当に前作を塗り潰して無かったことにしようとしているもので、『KFP』本来の方向性が2であるとすれば、商業的には大成功したものをわざわざリセットどころか前作で獲得した多くの消費者を敵に回して商品価値や協賛企業の名前を著しく貶めた愚行でしかないと思います。
 程度はどうあれ、商業的にも評判を落とすことになるはずです。
 
 もしも、いくら大ヒットしたとはいえ前作の内容が原作者あるいは続編製作者としては到底容認し難いもので、どうしてもぐちゃぐちゃにして塗り潰し、本来の在り方を見せたかった、というのであれば、一創作者としてはその姿勢については作家性の問題として理解を示すこと自体はできます。
 しかし、そうであるならばそれこそ、脚本や構成、映像表現をしっかり練り上げて、作品としての質を見ていて理解できるレベルのものにするべきでした。
 作品として最低限のエンターテイメント性が確保されていれば、前作が積み上げたものを正面から真っ当に崩していくという新しい切り口の作品として評価された可能性はあると思います。
 しかし、これほどまでに炎上し、多くの人が製作者の悪意や憎悪を印象として抱いてしまうような作品に、エンターテイメント性があるとは言いたくありません。
 エンターテイメントの形や方向性も多種多様ですから、負の感情を描くものや、鬱々としたものがあること自体には問題がありません。そういったものにも、そういったものなりの面白さを追求したり表現しようとする姿勢であったり、そういう方向性の作品なりに視聴者を楽しませようという理念があるはずです。
 今回問題なのは、前作で増えた多くのファンが『KFP』のIPの次回作として期待していたものと懸け離れた内容かつ、商品未満の粗雑かつ低品質に加え、「楽しませよう、楽しんでもらおう」という思いさえ感じられないものを平然と提出してしまったこと、提出出来てしまったことに問題があります。
 
 『KFP』というIPを畳みたいのであれば、わざわざ『けものフレンズ2』を製作し世に出す必要はありません。『KFP』という組織として、プロジェクトの解散、活動停止や終了を宣言し、IPの権利などを売却するなりして手放せばいいだけの話です。それをせず、『けものフレンズ2』や『けものフレンズ3』といったナンバリング展開をするのであれば、組織としては商業展開を続ける意思があるとしか思えません。
 そして、商業的に続けていくのであれば前作の成功によるファンの流入は歓迎こそすれ、切り捨てるにはデメリットが大き過ぎると思います。むしろ、続編展開ができるのも前作の成功によるところが大きいのであれば、IPの存続を支えた前作ファンを無碍にするようなものを作るのは自殺行為に等しいとさえ思います。
 続編以降の展開で大きく違う方向へ舵を切るにしても、前作は前作として維持できるようにした方が商業としては合理的と言えるでしょう。
 エンターテイメントとして成立し得ないほどクオリティの低い粗雑な作品で前作の印象と土壌を上書きし、そこに着いたファンさえも切り捨ててまで、IPやプロジェクトの評判を落としてまで続けていくことにどれだけのメリットがあるのでしょうか。
 
 あるいは、成功しファンが着いた作品の続編を作る際に、それが上部の意向に合わないからとスタッフを総入れ替えして前作とはかけ離れた粗雑な作品を作ることが許されていいものなのか。平然とまかり通って良いことなのだろうか。
 繰り返しますが、スタッフ総入れ替えや前作からの方針転換よりも、その内容に説得力がなく多くのファンが理解できないような低品質で粗雑な作品が、途中で止められることもなく公式から世に送り出されているということそのものが、恐ろしいことのはずなのです。。
 『けものフレンズ2』やアニメに限った話ではなく、ゲームやマンガ、全てのエンターテイメントにおいて同じようなことが起こり得る可能性があるということが問題なのです。
 クリエイターという存在の軽視は人材の流出や人口の減少を招き、業界そのものの衰退に繋がります。
 
 
 
 さて、ここからは私が見ていて感じた『けものフレンズ2』の作品としての問題点と感想です。
 
 以前書いた記事でも指摘していますが、『けものフレンズ2』の問題点は究極的には描写不足です。
 キャラクターの言動が一貫していないのも、そういう言動をすると理解、納得できるだけの描写がないからです。
 整合性の感じられない展開も、整合性を感じられるだけの描写がないからです。
 つまるところ、全ては「理解・納得できるだけの説得力を持たせる積み重ねが出来ていない」という部分に集約します。
 
 戦闘描写の緊張感の無さや、パンチ一発で倒せてしまうセルリアンの描写も、「このタイミングで倒す」が淡々と実行されているだけにしか見えません。
 会話中は棒立ちで攻撃してこないところとか、ちょっと触られただけでは何とも無いフレンズたちとか、危機感や緊張感を演出する描写が圧倒的に欠けています。
 そして危機感や緊張感が演出できていないために、終盤やラストの全員集合、「強い」と言われるサーバルとカラカルのコピーセルリアンの苦戦描写もどこか薄ら寒いものになってしまっています。
 最初から最後まで一貫して、敵としての恐ろしさ、危険性、倒さなければならない理由、立ち向かう必然性といったものが、伝わるように描写されておらず、物語展開のための舞台装置として、ただ倒すべき危険物として現れて、用が済んだら処理されているだけにしか映りません。
 そこに何らかの高尚さや暗喩、対比といった製作者の主張も感じられず、映像表現としてもパンチやキックをどこかに当てただけで倒せてしまう陳腐さばかりが目立ちます。
 1期では、セルリアンに触れられて取り込まれるとフレンズから元の動物になり、再フレンズ化しても記憶が消える、どこかにある弱点を攻撃しなければ決定打を与えられないなど、セルリアンに接触される危険性やリスク、難易度といったものが考慮され、見て分かるように表現されていました。
 私自身も、自分の創作物で戦闘描写をする際には、危機感や難易度の演出、戦わなければならない必然性といったものに気をつけています。
 
 終盤でこれまでに登場したフレンズが全員集合して協力して脅威に立ち向かうという展開も、1話と同じような展開や問題をなぞる、オープニングテーマを挿入歌として使う、といった演出も、それら自体は真っ当にやれば盛り上がるはずの王道的要素です。
 しかし、それが盛り上がり、感動を生みやすい王道パターンと言われるのは、そういった展開になることへの必然性やそれまでの積み重ねがあればこそ映えるものです。
 これまで登場したキャラクターと真っ当に絆を結び、主人公の危機に駆けつけてくれるからこそ、それまでの行動や物語が無駄ではなかったと胸を打つのです。
 序盤と同じ展開や問題をなぞっても、そこにこれまでの物語の中で積み重ねられてきた成長が形になるから感動するのです。
 象徴的な曲が良いところで流れて感動するのも、そこに至るまでの面白さや思い入れが納得のいくものだからです。
 
 『けものフレンズ2』ではそういった部分が全て台無しでした。
 積み重ねが感じられないから、ただ盛り上がるパターンを切り貼りして継ぎ接ぎしただけに見えて、全てが滑って見える。
 私は2の12話を見ていて、終始薄ら寒い居心地の悪い感覚しか抱けませんでした。
 
 物語としても、「家を探す」という目標に対して、スケッチブックの絵を頼りに各地を彷徨うという、目的地に対して近付いているのか遠ざかっているのか分からない展開が続き、「ヒトのおうち」に最も関連がありそうなイエイヌに対して「ここは僕の家じゃない」とばっさり切り捨てた挙句、最終回では「パークが僕の家」と結論付ける。
 明確な目的地が提示されないために、話数が進んでも目標に近付いているのかが分からず、各話の物語も薄っぺらく積み重ねとして映らないために「この話必要だった?」と思うものばかりです。パークが家、という結論に至るなら、もはやどこに向かおうと関係がなく、どの話でも結論が出せてしまうことになり、積み重ねを作るそれまでの過程そのものが無意味に映ります。
 そして、その結論に説得力を出すために有効な、これまで登場したフレンズとの関係性も、良好だったようには見えません。5話のゴリラたちは途中でアムールトラのビーストの乱入により、紙相撲による遊びを経ての和解は描かれずうやむやになり、かばんはバスでキュルルたちを家に避難させますが、ゴリラたちは放置。体を張ってビーストからキュルルを守って戦ったイエイヌは当のキュルルから労いやお礼の言葉をかけられることもなく、「おうちにおかえり」と言って欲しいと願いを口にすれば、キュルルはその意味を考えたり理解する様子もなく不思議そうに首を傾げてオウム返しをしただけで、最終回の全員集合にも呼ばれてさえいません。
 同行者であるサーバルやカラカルだけでなく、様々なフレンズに対してきつい口調で突っ込みを入れたり、不平不満や思い通りにいかない文句を刺々しくストレートに吐き出し、口論に近い会話を平然とするキュルルが「皆の事が大好きだ」と叫んでも、感情移入などできるはずがありません。励ましに来たサーバルに逆ギレした挙句海に落ちたり、フレンズ型セルリアンの発生原因を作ってパークをかき乱しておきながら回収した絵を燃やしたり処分したりするような対処もせず、キュルルの感情を理解できるだけの描写や積み重ねが圧倒的に足りていません。そのセリフを言わせる説得力、フレンズたちがキュルルのために集まってくる説得力が皆無です。
 しかもその直後に、「仲良くなろうとしたって良いでしょ」と言っていたビーストが都合良く現れて、それを戦場に連れていって乱入させ、和解や理解、ビースト化を解くような展開や、あまつさえ皆と一緒に逃げるよう声をかけるような簡単なことさえせず、屋上のはずなのに何故か上から崩れてきた瓦礫の中に消えさせて退場させる始末。しかもその崩れた瓦礫のある屋上跡でパペプのライブをするのだとか。
 ビーストがセルリアン同様倒すべき敵、処理しなければならない存在、として描かれてきたのであれば、上手く利用したと言えるかもしれませんが、「分かり合いたい、分かり合えるはずだ」と主張しているのならば、少なくともその可能性か、あるいは諦めざるを得ないという何らかの結論を出すべき問題です。
 また、それら緊迫した状況においても、長々と会話している最中に棒立ちで襲ってこないフレンズ型セルリアンたちはカットによっては背景から消えていたり、結局パンチ一つで軽々しく蹴散らされ倒されていく雑魚敵しかいないボーナスゲームの様相であったり、見境無く攻撃するはずのビーストがキュルルやかばんを襲わず大人しくホテルまで連れてこられたりと、興醒めするような描写ばかりです。
 水中階層にあるホテルのガラスが割れて少しずつ浸水し始める描写や、同じく水面より下の階にある部屋に置かれたリョコウバトの持つ絵に船型セルリアンがセルリウムを伸ばす描写、リレーの際の各キャラの移動速度の不自然さなど、物理的な整合性にも違和感を抱くようなお粗末さ。
 ホテルを浸水させた船型巨大セルリアンはどうしたのか、海底火山が活発化してセルリウム増量とか、他にビーストはいるのかだとか、いきなり現れては思わせぶりな言葉を言うだけ言って消えるフウチョウコンビは一体何なのかとか、サンドスターの敷き詰められたカプセルの中から現れた主人公キュルルは何なのか、イエイヌが最後に見ていた絵に描かれていたキュルルと同一個体なのか、出すだけ出して解決していない問題が山積みです。
 こういったものは、解決した、あるいは解決するであろうと推測できる描写を提示しておかなければ考察の種にはなり得ません。
 描写が不足している、疎かにし過ぎている、というのはそういった部分も含まれます。
 
 とにかくひたすらに積み重ねというものがなってない。
 そういった、しっかり作ろうという、物語を面白くしよう、楽しんでもらおうという製作者の姿勢や真摯さが感じられない。
 作品としての問題点は、それに尽きます。
 構成のちぐはぐさや、一貫性のないキャラ、感情移入のできないメインキャラ、整合性の感じられない描写など、作品を良いものにしよう、しっかり作り込もうと積み重ねの描写を作っていけば、ある程度は自然とまとまってくるもののはずです。
 
 
 最後に、ここまで書いた私の感じた全ての思いや、多くの人が抱いた反感や、粗雑な品質でさえも含めて狙って作られたものであるとするなら、尚更これは「公式のナンバリング作品として世に出して良いものではない」と強く思います。
 前作の存在や印象を上書きし、前作さえも感情が乱れてかつてのように楽しめない人を生み出してしまうような、関連作品を純粋に楽しむことさえ阻害するようなもの、そう感じられてしまうようなものは私にはエンターテイメントとは認め難い。
 エンターテイメントは娯楽として、楽しむために作られるべきで、楽しめるように作るべきものだと私は思います。
 姿勢や方向性、作風が違い、中核スタッフとして許容できず、否定したい、本来の方向性を提示したいのだとしても、好評を博し楽しんだ人が多くいる前作に対して公式がそれをするのであれば、最低限エンターテイメントとして楽しめるように作るべきです。
 前作を否定するようなファンに受け入れがたい描写を入れるにしても、作品として成立する品質、説得力、面白さを感じられる物語にするべきなのです。
 製作側にどんな原因、理由、意図、経緯があるにせよ、エンターテイメントとしてあるべき姿勢が見えてこない、感じられない『けものフレンズ2』という作品を世に出したことは、組織としては恥ずべきことだと思います。同時に、これを途中で止めたり改善や作り直すことができず、世に出して炎上させてしまった製作体制そのものや業界にも問題があるのではないかと思います。
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テーマ:けものフレンズ - ジャンル:アニメ・コミック

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この記事に対するコメント

端から端まで同意します
特にエンタメとしてどうなの?って視点は本当に大事だと思います
動物と人間との関わりをシビアに描いている…というような声もありますが(それがちゃんと描写できているとも思えませんが…)そのような狙いがあったとしても、”物語として”納得出来るものでなければ意味がありませんよね

正直11話までは何から何まで描写が下手なだけだったと思うこともギリギリ出来ましたが、あれだけお膳立てしたビーストとの関係がまったく進展することなく雑な退場をさせたことで本当に何を考えているのか分からなくなりました。
これまでの話の欠陥も描写不足ではなく単に何も考えてないだけなのではと疑わざるを得ません
【2019/04/05 07:36】 URL | 名も無き思考 #- [ 編集]


 コメントありがとうございます。やはり同意見だという方がいてくれるのは嬉しいものですね。

 1期が爆発的にヒットしブームになったこともあってファン人口も多いためか、色んな方が感想、批評や問題点の指摘、改善案の模索などを挙げたりしているようですが、それらを見ていても共通して指摘しているのは「そもそも面白くないんだよこれ」って部分なのですよね。エンタメになってない、と。

 コメントしていただいた「何も考えていない」というのもその通りなのかもしれません。記事の中にもありますが、そう感じてしまったのであれば、それはもう見た人が受け取ったその作品の印象なのですから、それはそれで間違っていないと私は思います。
 そういう意味でも、「描写不足は何も考えていないから」というのは逆説的に「何も考えていないから描写がない」とも言えるわけですね。

 そしてそんな「面白いと感じられないものを作る」ということそれ自体が狙いだったとすれば、それはやはり全てのクリエイターに対する侮辱、冒涜でしかないと思う次第です。
【2019/04/06 05:46】 URL | 白銀 #vEzGvfOg [ 編集]


スマホゲームを中心とした、シナリオを書く仕事をしています。

批評されている内容については、ほぼ同感です。ご指摘されているとおり、コンテンツとして世に出した以上、それを受け止める視聴者やユーザーの評価が全て、と思っています。反応によっては、ときには「それはこちらの意図した狙いではない」と言いたくなる時もありますが、やはりそういう受け止めをできてしまう脇の甘さ、稚拙さが招いたことと考えます。やはりそれは、プロとしての覚悟というか、作法のようなものではないかと思うのです。

正直なところ、今回どこまで「前作の否定・破壊」を意図的におこなったのかは、個人的にはよくわからないところがあります。それでも、「かばんちゃん」をあのような形で出してしまったことで、前作との繋がりを設定してしまったことが、やはり今でも理解に苦しみます。前作のキャラクターや設定とは全く繋がらないパラレル・ワールドとして制作することはできなかったのか、疑問が残ります。

制作陣のエゴイスティックな姿勢、放送途中に引き起こしたSNS上の醜い応酬など、今回は他山の石として多くのことを考えさせられる騒動となりました。

今回の記事を読んで、自らの考えも整理できました。ありがとうございました!
【2019/04/06 21:13】 URL | 名も無き思考 #- [ 編集]


クリエイターがこぞって叩かないといけない案件
商品以前のクソゲー摑まされて有名どころ以外のゲームが売れなくなったように
原作無視のアニメ化や、今回のような1期を貶める2期製作は続きを期待して無駄に高い円盤やグッズ購入して応援する意欲を削ぐ
結果自分で視聴者にアピール出来るクリエイター以外死滅するぞ
【2019/04/06 21:36】 URL | 名も無き思考 #- [ 編集]


全部主観じゃないですか
愛が感じられないとか、そういうのは批評として間違っているのでは?
【2019/04/07 12:29】 URL | 名も無き思考 #- [ 編集]

コメントありがとうございます
>シナリオを書く仕事
 や、これはちょっと羨ましいですね。
 実際に現場にいて仕事にしている人だと、上からのオーダーで入れる予定のなかった要素、入れようと思わない要素、入れたくなかった要素を入れなければならなくなったりとか良く聞く話ですが、ユーザーからしたら「そうは言っても自分の正直な感想だし、現場で何があったか、どうなってるかなんて知らないし見えないし、考慮してくれと言われても……」ってことなんですよね。
 オーダーに従いつつもユーザーに好印象与えて支持してもらえるような作品作りは実際大変だろうと思いますが、クリエイターに足を突っ込んでいる人間としてはそういう姿勢が垣間見えるものは応援したいものです。
 全ての人に肯定してもらえるものを作る、というのは理想論だと思いますが、少なくとも「これいいね」と言って支持してくれるファンには応えられるものを作っていきたいですよね。

>クリエイターがこぞって叩かないと
 結局のところ、評判が悪くなると商品の売り上げが落ちてIPの存続ができなくなるって根本的な問題があるのに、多くのユーザーが「買い支えて支持しよう」って思えないもの出したら現場で働くクリエイターは給料が減ったり、仕事なくなったりしてしまうわけで、そんな業界なら職業クリエイターになんてならなくていいや、自由にやれる同人クリエイターでいいや、ってなってしまうと思うのですよね。

>全部主観、批評として間違ってるのでは?
 すみません、この記事の中で「批評」なんて一言も書いてないはずですし、リンクを貼ったツイートでも「思ったことをつらつら書いた」としか言ってないので、勘違いさせてしまって申し訳ないんですがそもそも批評として書いた記事じゃないんですこれ。
 読んだ人に私の考えや思ったことが伝わるように客観的に書こうとは意識しましたが、そもそもの根本が「作品を見て感じた私の思い」なので主観ありきなのです。
 で、その私の主観で作品を見たところ、私は『けものフレンズ2』には「愛が感じられない」「愛が伝わってこない」と思ったこと、同じような思いを抱いた人が多いらしいことから、「多くの人に込めたものや面白さ、楽しみ方が伝わってないんじゃ思いが込められてないって言われても仕方ない。そういう品質のものを現場で止められなかったというのも問題だと思う」と言いたいってことなんです。
 そして厳密には「愛」なんて言葉も記事中では使っていないわけですが……。
 自分の趣味趣向など個性に基づいた主観がなければ好き嫌い合う合わないなんて言えないとも思いますので。
【2019/04/07 16:26】 URL | 白銀 #vEzGvfOg [ 編集]

おっしゃる通り「悪意」が見える
漫画描きやアニメーターは成果物を発表した後は読者に評価を委ねなければならない…おっしゃる通りかと。
で、小生は真相が知りたくてさまよってます(^_^;) 考えられる可能性として…
1,凡愚未満どもがたつき監督の『けものフレンズ』に挑んだものの、その無能さ故に惨敗した結果が『けものフレンズ2』であり、“悪意”を込めるつもりはなかった、そう見えてしまったらごめんなさい。
2,野心や嫉妬の炎に焦れた凡愚未満ども、たつき監督の『けものフレンズ』に挑んで悪意と怨嗟を染み込ませたクズアニメを作ってやったぜ、ファンどもがざまぁみろ。
3,凡愚ではない、制作会社の意向を受けて誠実に仕事に励んだ結果であり、初めから意図して“悪意”が見えるよう、故意にクズアニメを作ったのだ、ファンの皆様は炎上してください、よろしく。
…と、この三通りのパターンが考えられます。
おっしゃる通り、我々の見ているものは「結果」であり、ただ、そこから“悪意”が滲み出て見える、確かに。
なので、その先が知りたい。
いかが思われましょう?
【2019/04/07 22:47】 URL | 大神官 #PbLFvWsY [ 編集]

真相は闇の中?
 コメントありがとうございます。
 
 真相は私も気になるところです。
 この辺りは当事者かそれに近い関係者が信憑性のある暴露をしなければはっきりしないと思っています。
 業界事情や経験則、商業的見地、勘などから推測や憶測をしている人は少なくないようですが、いずれも「もしかしたらこういうことかもしれない」からは抜け出せていない気がします。
 はっきりしたことが分からないのに断定してしまうのもそれはそれで危うい気もしますし。
 
 ただ一つ分かるのは、この作品が「単純に面白くなく」「多くの前作ファンを不愉快にさせる要素が多く含まれていて」「粗雑で低品質なまま世に出てしまった」という事実だけです。
 ここから何を感じ取ってどう考えるかは、製作側の事情が公表されない限り(公表されたとして納得できるかは別ですが)受け手である私たちの自由だろうなとしか言えませんね……。
 私個人としては、「今の主導スタッフは前作を気に入った客がどう感じ取るか考えていない(あるいは考えられない)のだろうな」ぐらいでしょうか。
【2019/04/08 12:32】 URL | 白銀 #vEzGvfOg [ 編集]


だからよく
「同人誌以下の作品」って
言われる。
楽しみを分かち合おう!って作る同人誌以下なんですよ。
ただただ、マーケティングの為にタイトルやキャラクターを使っただけなのかもしれなません。
【2019/04/08 13:47】 URL | ななし #- [ 編集]

職業者との違い
 コメントありがとうございます。

 同人は同人で根底が「楽しみたい」ですもんね。
 対価を得て仕事としている職業クリエイターと言われるいわゆるプロの人たちは、予算やスポンサーの意向を無視できず、自分が本当に作りたいものを作れない、なんて話もあったりしますけれど、なればこそ、自分の本音を押し殺してでも客が望むと思われる「売れるものを作る」というのも一つの正解だと思っています。
 作者の本音はどうあれ「客が喜ぶ、客を喜ばせるものを作る」もクリエイターとしては正しい在り方だと思います。
【2019/04/10 02:05】 URL | 白銀 #vEzGvfOg [ 編集]


記事内容に完全に同意です!

私には中途半端に諦めたように見えるんですよね。元は何か言いたい事があったけど、上層部の意向で却下され、諦めざる負えなかったという事です。

そこまでなら珍しくないと思うのです。ですがそこで素直に諦めれば良いのに未練たらしく匂わせてくるのが問題だと思うんです。最悪なのはその要素が全く噛み合っていない上に回収できないし、する気もないって事です。

私にはそんな幼稚な反抗に見えるんですよね。
【2019/04/10 12:04】 URL | ショゴスライム #E6kBkVdo [ 編集]

わからーん
①一期ファンの作った動画、記事。
②一期が合わなかった人の記事。
③今回のこの記事。
揃って評価が「つまらない、面白くない、低品質」。
①で酷評だらけなのは当然として、②でも同じ評価で、業界に近いだろう③ですらこの評価。ここまで色んな視点から見てコレなのは、もうけもフレ2はそういうものってことですよね。
作品としても商品としても終わってて、製作陣は何がしたかったのか、分からなくなりました。
【2019/04/10 14:31】 URL | ただの消費者 #- [ 編集]

コメントありがとうございます
>ショゴスライムさん
 コメント頂く以前よりショゴスライムさんの動画は拝見していまして、私も同意見&参考になりました。
 あれからまた他の方の動画などを見たりして、新たに記事を書きましたが、最近は「脚本担当が取捨選択して物語をまとめるべきところを、上部からの要望を全部入れたのではないか(客がちゃんと楽しめるものを作ろう、ではなく、偉い人が満足するものを作ろうという姿勢)」+「口を出した偉い人たちが好き放題言った(トゲを取ったり丸くしたり整合性を意識せずほぼそのまま全部採用したから滅茶苦茶になった)」説が現実味ありそうだと思っていたりします。
 偉い人たちの口出し内容が幼稚な反抗だった可能性はあるかもしれません。

>ただの消費者さん
 いやほんと、大勢の人がそういう評価を下す内容になっていて、ブランドに対するデメリットも予想できるはずなのに、予算とか納期とかスケジュールの都合とかはあるんでしょうけど、製作途中でストップ出来ず世に出してしまうというのがどうかしていると思います……。
【2019/04/11 01:31】 URL | 白銀 #vEzGvfOg [ 編集]

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