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思考の最果て
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白銀(WriteIDEA)

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追記・余談と料理店に例えるKFP問題
 まずは以前書いた記事(創作者の端くれとして『けものフレンズ2』に思うこと)への拍手、コメント、ツイッター上でのリツイートやいいね、紹介などありがとうございます。予想以上に読まれているようで驚いています。
 ざっとですが、読んだ方々がどう感じたのかは至極簡単にですがRTなどから辿らせて頂いて、概ね好意的、同意な方が多いようで、自分の感覚が少数派ではなさそうだ、と少し安心しています。
 当然、私の意見が全てだとは思っていませんし、私の物言いに反感を抱く人もいるだろうなとは思っています。数の多少に関わらず、反対意見や批判意見は大きく見えがちですし(同意見の方の中にはわざわざ「僕もそう思うワンニャ」と声をかけず、ただ頷いて立ち去る人も多いだろうと思いますし)、自分でも結構強めに思ったことを書いたというのもあって、やや身構えていたところも正直ありました。
 こんな場末で細々と燻ってるような人間にそこまでする価値があるかは分かりませんが。
 とはいえ、『創作者の端くれとして』と書いたところが自分にもカウンターになるというのは重々承知の上です。
 「人のふり見て……」とまでは言いませんが、エンタメを生み出す側にいたいと思う人間の1人としては、前作で獲得したファンが猛反発するような作品、前作ファン向けでなくとも大多数が見て酷い出来だと思う作品を出す、ということには強い反感を抱いたわけです。
 じゃあ自分はどうなのか、見た人が楽しめるものが作れているのか?
 自分では良いものを作ろうと努力しているつもりですが、「微妙」「つまらん」「未熟」と言われたことも1度や2度ではないですし、商業的に作品を出せているわけではない現状、負け犬の遠吠え、自分を棚に上げて、と言われてもそれを否定することはできません。そういったお叱りや指摘については甘んじて受けさせて頂きます。
 ただ、それでも「面白かった」と言ってくれる人もいましたし、自分の作品を肯定してくれる人たちのためにも「良いと思ってもらえるような作品を作ろう」という志や姿勢ぐらいは、達成できているかどうかに関わらず、どんなクリエイターでも持つべき精神性だと思っているのです。業界で公式的に商業作品を作るプロの立場や、そこを目指したいと思う、思ったことがある者なら尚更、と。
 様々な要因があったにせよ『けものフレンズ2』からはそういうのを感じられなかったな、という感想とそれに対する反感や憤りを抱いたことと、「自分もそう思われてしまうような作品にしてしまわないよう気をつけないと」という自戒もあってあの記事を書いていました。
 同じように思っている人もいるんじゃないかな、と思ったのもあります。
 『覇穹 封神演義』や『Newガンダムブレイカー』の時にも思ったことですが、興味を持って手に取った人の大多数が「NO!」っていう作品が途中で止まらず世に出てしまうのって、業界や産業的にも良いことだとは思えないんですよね。
 
 この記事でも前の記事でも、断定的な物言いをしているとことが多々ありますが、これらはあくまで「私の価値観ではクリエイターとはどうあるべきなのか」というものなので、「いや違う、そうは思わない」という意見を否定したいとまでは思っていません。
 各自の感性は大事なものだと思いますし、だからこそ個性があり、共感や反発といったコミュニケーションや人間関係、エンターテイメントなどが成り立っていると思いますので。
 
 
 
 
 さて、その後、またいくつか思ったことがあるので追記のおまけ的な記事のつもりです。
 前半の『料理店に例えるKFP問題』部分は以前の記事とほぼ同じ内容になっています。さすがに自分でも長いなと思ったのでもう少し短くまとめられないかと思って書いてみました。
 主張としては大して変わらず以前の記事と重複してしまいますが、
「店として料理を提供する以上、味付けや調理者が変わるにしても美味しく食べられるものを作るべき。
 店側の言い分や思惑、何があったかは知らないが客は出された料理でしか判断できない。
 そういう主義主張があるなら食べて分かる料理を作るべき。不味いという客が多数いた時点で料理としては論外。
 大多数の客が不味いと感じるものをそのまま出せてしまう店側や業界にも問題がある。
 これを料理と言い張るのは料理人ひいてはより良い物を作ろうとする全ての人間への侮辱と冒涜」

 となります。
 例えを使ったり、言い回しを変えたことで伝わり易くなっていればいいのですが……。
 
 後半にある余談部分は、あれからニコニコ動画やツイッター、ブログなどで他の方の意見や感想、考察、推測、憶測、妄想などを見ていて新たに思ったことになります。
 主に構成と脚本に関しての私の見解「もしかしてプロットほぼそのまま脚本として映像化したのでは?」や、「2を楽しめている人の見方の推測」などになってます。
 記事としてはこっちの方がメインでしょうか。
 
 ※冒頭からここまでの前書き部分、一番最後に書いてますので重複する内容が出てきますがご容赦下さい。
 
 本文。
 
 後から自分で読み返しても長いなと思ったのでもっと簡潔に書けないか試してみることに。
 ニコニコ動画で料理に例えている人(リンク有)がいたので真似てみます。
 
 
 いくつかの出資企業が合同で、そこそこ名のあるY氏をオーナーに据えて『KFP』という料理店を開いた。
 開店当初用意したメニューのハンバーガー『ネクソン版アプリ』と牛丼『フライ版マンガ』はこの時点ではそこまで話題にはならず、暫くして材料を仕入れる資金繰りができなくなり提供終了することに。
 店を畳む前に、出資企業などとの契約上、定食(※アニメ)を1つ提供しなければならなかった。
 売り上げが伸びていなかったのであまり予算はなく、T氏を長とする少人数の料理研究会チームを雇い入れ、定食を作ってもらうことに。
 出来上がったハンバーグ定食『けもフレ』は素材や見た目こそ安上がりではあったが、丁寧な下処理と手の込んだ味付け、料理長自家製のソースなどが食べた客に次第に気に入られていく。
 使用している肉は高級品とはいえない安価なものだが、火の入れ加減は絶妙で、手間を惜しまず作ったハンバーグは噛めば噛むほど肉汁とソースが混ざって素朴ながら優しい味となり、ど真ん中ではなく少し外れた端の方に卵が入っていたり、チーズが入っていたりと驚きや遊び心(※11話ショック等)もあり話題を呼んでいった。
 一通り食べた客は満足しつつも、最初からハンバーグの中に色々入っていることを知ってから、2度、3度と食べ方や食べる順番を変えるとまた違った美味しさを発見できることに気付き、店に来た客同士で談笑し合うようになっていく。
 口コミは周囲にも広まっていき、ハンバーグ定食『けもフレ』は一躍人気メニューになり、『KFP』は繁盛、T料理長はお客さんが美味しいと言ってくれるのを見て喜んで、無償で小さなデザートを添え、これまた好評を博す。
 それから『KFP』は新しいランチメニューを開発すると発表。
 ハンバーグ定食『けもフレ』を気に入った客たちは新しいメニューに期待していたが、ここで突然調理スタッフが総入れ替えとなり客たちはざわつく。
 T料理長のチームは新メニューの開発には既に着手していたが、出資者側からの意向で雇用契約が終了したと告げ、店を去ってしまう。
 その後出て来た新しいランチメニュー、メンチカツ定食『けもフレ2』は、使用している肉や素材自体はさほど変わらぬ品質だったが、調理や味付けは良いとは言えなかった。
 食べ進めるにつれて、下拵えが適当な生焼けで不揃いな部分が目立つひき肉、大雑把に切られた野菜、脂っこいだけで食感も良くない衣、しょっぱいだけのソース、後から運ばれてくるのかと思いきや漬物や味噌汁もついてこない、と粗が出てきて客は不満を募らせる。
 以前の、噛むほどに味わい深いハンバーグを口にしていた客の多くは、「最後まで全部食べ切ったら印象が変わるかも」とハンバーグを味わった時のようにそれらを良く噛んで食べてしまい、好きだったハンバーグとのあまりの違いに愕然とする。中には、メンチカツの不味さ、油のくどさが強烈過ぎて、前食べたハンバーグの味を思い出せなくなり呆然とする者や、体質的に合わず吐いたり、倒れたり、舌が麻痺してしまう者まで現れて店内は騒然。
 舌に感じる味は同じでも、それ好きか嫌いか判断するのは各自の好みに左右されるため、「不味い!」と絶叫する客を他所に、平然と食べられる者や、持参したマヨネーズやケチャップをかけて自前で味を調整(自己流解釈で描写不足を補完)して食べる客は「そんなに不味いかな? 食べられるじゃん」と呟いたりし、「不味いんだよ!」と嘆く客と対立が出来てしまうことも。
 周囲では、「そんなに不味いなら最後まで食べなきゃいいのに」「不味い不味いって大声でうるさいな」と野次馬が寄ってきたり、「あそこ凄い不味くなったらしいぜ」「冷やかしに行くか」「どんだけ不味いか食べてみるか」と他所の店で噂する者も出始めて周辺地域に波紋がどんどん広がっていく。
 また、雑誌による『KFP』へのインタビュー記事などで、メンチカツ定食『けもフレ2』を開発して提供した調理スタッフたちは「以前のハンバーグの味付けをリスペクトしている」と言いながらも「料理長なんて誰がやっても同じ」「漬物や味噌汁は偉い人が用意すると思う」「実はあのメンチカツはフルコースメニューのうちの一つでまだ品目があるんです」等、客商売をしている料理人としてどうなのかという発言が飛び出して話題になったり、出資企業の中でメンチカツ開発に口を出したらしい人物が、客の不満や批判や煽りに対して煽り返して神経を逆撫でして話題になったり、メニューの味以外のところにも問題が飛び火して拡大、火に油を注ぐようになって大炎上。
 
 
 とまぁ、こんなところでしょうか。
 味覚の好き嫌いで食べられる食べられないは出てくるのでここは仕方ありません。
 自前の調味料使って食べた人に「料理店で調味料持参するのってどうなん……それで正しい評価って言えるのか?」ってのもまぁ分からなくはないです。大抵の人は、その店から提供されたものをそのまま食べて美味しかったどうか判断する方が多いと思いますし、せいぜいテーブルに用意されてる調味料(公式発売の設定資料とかムック本とか)ちょっと足すぐらいじゃないでしょうか。
 出されたものを残すのは勿体ない、普通に食べるのはきついから自前の調味料を使う、あるいは元々自前の調味料を使って食べる習慣があったり、それに慣れてしまっていて、何で周りの客が文句言ってるのか分からなかったり。
 結局食べれたんだからいいよね、って人もいそうです。
 
 私は「これクソ不味かったわ……前のハンバーグ大好きだったら全部食べるの拷問だろうな。それにしても客から金取って料理出す店でこの出来はどうなんだ」で済んでて頭切り替えられる方だからまだいいですが、そうじゃない人は相当辛いと思います。
 『KFP』の売店で買っておいたレトルトのハンバーグ(※DVDとかBDとか)を食べようとしても、『KFP』ってブランド名でメンチカツ思い出して美味しく食べられない、メンチカツの味が口の中に残ったままで食べても味がしない、ってトラウマになってる人、既にいるみたいですし。
 こういうのは気に入った店に足繁く通ったり、入り浸ったり、思い入れが強くなる人ほどダメージはでかいはず。
 
 一番は「出された料理が壊滅的に不味かった」って部分で、ぶっちゃけそれで終わる話のはずなんですが、前に出されてヒットしたハンバーグのイメージで客が大勢集まっていたので、その落差と内容から炎上の規模が大きくなり過ぎて混乱が続いているのだと思います。
 
 雇用契約上の問題なら仕方ない、雇われならそんなこともある、調理スタッフ変わってもそれなりに食べられるもの出してくれたら仲良くなった客と談笑しながら食べるし、と思ってた人も少なくないはず。
 ハンバーグ定食を丁寧に作ってみせたT料理長のチームとまではいかずとも、ちゃんと肉に火が通っていて、出されたままをそのまま食べてそこそこの美味しさがあれば、せめて不味くさえなければ良かったんですよね。
 もっと言えば、肉料理でさえなくても良かった。パスタやチャーハンのような、完全に別方向の料理が出てくれば、ハンバーグを意識することもなかったでしょうし、ハンバーグ定食とは別の昼食として食べることができた。
 しかし、なまじ同じ肉をメインとした定食料理が出てきてしまったため、不味さとの相乗効果で猛反発を生んでしまった。
 食べた人の多くが、あまりの不味さと期待していた定食料理が食べられなかった悔しさ、それに加えて「こんな不味い肉料理食わせやがってふざけるな!」と言った人にプロデューサーが「あのハンバーグ好きな人たちってそういう暴言吐く人たちなんだね(超簡略意訳)」みたいな煽りとも取れる発言を繰り返してしまったり、他にもハンバーグが好きだった客の神経を逆撫でする発言をし続けてしまい、「あのハンバーグを美味しく感じる客の舌をダメにしようとしているのでは?」という思いを抱くまでになってしまった人も現れることに。
 
 この例えで行くと、私も料理をする側なので、下拵えや下処理の大切さ、丁寧な調理、味付けと気を使って料理を作ろうと考えるわけですが、目指すところは「美味しいものが出来るか、美味しいと言ってもらえるものが作れるか」なんですよね。
 基本的には自分の味覚から、まず自分が美味しいと思えるものを考えて、それをどうしたら客に美味しいと言ってもらえるか考えながら試行錯誤しつつ料理を作ります。
 出来上がった料理を食べて、美味しい、悪くない、と言ってもらえればまず成功。その上で「ここの味付けが好み」とか「この調理法良いね」とか思ったり言ったりしてもらえると最高に嬉しいわけです。
 そして大抵、美味しい料理からは、そういう「美味しいって言わせたい、思わせたい」「金払うだけの価値はあったって思って欲しい、思わせたい」「丹精込めて作ったんだ、美味しいでしょ?」って料理人の思いとかが伝わってきますよね。加えて、料理マンガとかにあるようなイメージが感じられたりしたら「これ凄い!」ってなりません?
 
 ところが今回のケースだと、「そもそも美味しくなくて、まともな調理がされたようにも感じない、見た目だけ定食っぽいものが出て来た」というのが不満を持った客の印象なわけです。
 そしてここまで話題になってしまった要因の一つに、製作スタッフの態度はあると思ってます。
 この定食にスタッフがどんな思いを込めて、どういうメニュー開発や調理をしてきたのかは、厨房や開発会議の様子が公表されない限り客には分かりません。
 事情が分かっても分からなくても、料理が不味かったことには変わりがないので、どの道荒れたと思いますが、スタッフが何も言わなければここまで炎上しなかった気はします。
 なので結局のところ、客は出された料理を食べた自分の感性で判断するしかなく、その結果「不味い!」の他に調理者たちの言動や態度を見て「こんなに不味いものは悪意がなきゃ作れない!」「そんなにあのハンバーグに嫉妬してるのか!」と思った人が出てしまった。
 得意気に大口を叩いておいて不味い料理を出す料理人がいたら良い気はしないでしょう。憎まれ口を叩いていても、料理が美味しければ、「口は悪いけど腕は良い」という客を黙らせられる評価もできます。
 人柄も悪くなくて腕が良いならそりゃあ文句はないでしょう。人気が出て信者っぽくなるのも頷けますし、周りがそれを見て盲目的過ぎないかとツッコミ入れたくなったりもするかもしれません。
 
 人に好き嫌いがある以上、仕方ない部分はありますが、ハンバーグを食べていた頃の和気藹々とした店内の空気感からの落差、というか悪い印象を与える要素がいくつも揃ってしまった、揃っている、というのがこんなにも燃え広がっている要因だと思います。
 スタッフの口がいくら悪くても、客を黙らせられるだけの美味しさ、唸らせるだけの美味しさを持った料理が出せればまだ良かったのです。
 というか、客から金を取って料理を提供して店が回って商売が成り立っているのだから、客を満足させられない料理人はプロ失格ですよね。
 
 美味しい料理が食べられて、客同士も気軽に談笑できて良い雰囲気だと思って気に入っていた店が、口の悪いスタッフに変わって店内の空気が悪くなって不味いもん出されたらそりゃほとんどの人がキレますよ。
 スタッフだけでなく、店そのものに不信感持ったり、嫌ったりするのも不思議じゃない。
 そうやってお客が減って困るのは店と店に出資してる企業のはずなのに、そこを見ない、あるいは気付かず、意識せず、できずに、多くの人が美味しいと思える料理を出さなかった、出せなかったというのが問題です。
 多くの人が、これを「客を馬鹿にしている!」と憤っているわけですが、同時に「不味い料理で金を取ろうとしている」ということは「支払う代金以上の料理を出そうと頑張っている他の料理人(同業者)をも馬鹿にしていることになる」のです。
 不味い料理でも金が取れるなら、良い料理を作るために気難しく拘りを持つ料理人は扱い難いからと切り捨てられて雇用されなくなりかねません。求められなくなれば料理人を目指す人自体が減り、業界は衰退するでしょう。
 そしてこれはその業界に限らず、他業種でも適用出来てしまうことかもしれないので、物作りに携わる人ほど無視したらまずい問題じゃないのかと私は思ったわけです。
 
 
 余談。
 
 ニコニコ動画にて、『けものフレンズ2』のシリーズ構成・脚本を担当した「ますもとたくや」氏の手掛けたラノベ『きゃくほんかのセリフ!』の概要を大まかにですが知りました。(リンク有)
 あらすじの紹介からして『けものフレンズ2』関連騒動と無関係とはちょっと考え難い作品なので気にはなっていたんですよね。あんまり買う気はしなかったんですが。
 当然ながら、これが百パーセント内部事情だとは思いませんが、いくらかモチーフにはしていそうな印象です。
 内容にどこまで信憑性があるかは分かりませんが、主人公が脚本家であることから、作者のますもと氏の思想は主人公に大きく反映されているように思います。
 業界系の話って、経験者か関係者でないと詳しく書けないと思いますし、特にクリエイターが主人公の場合は製作者の思想が乗りやすいと思うので。
 で、動画にて紹介されていたあらすじからすると、この作品の主人公は「上部の意向を全て盛り込み破綻なく構成するのが正しい脚本家」という思想の持ち主だそうです。
 創作者の端くれとしては、「それで尚且つ面白いものが書けて客が満足するなら凄いけど……」という感想でした。
 作中では、完成したものに対する客の反応などが一切描かれていないそうで、それだけでこの作品そのものにも浅さを感じてしまいました。
 『SHIROBAKO』も見ていましたが、あちらは確か作品納入後に「評判良いです!」「賞が貰えました!」みたいな報告が入ったりするので、頑張りが報われた感や、大変そうだけどああいう仕事してる人っていいな、凄いな、って思いが出てきたんですよね。
 ますもと氏に関しては聞きかじりみたいなものなのであんまり突っ込んでは言えませんが、出来上がった作品を最終的に評価するのって消費者だと思いますから、消費者が対価を払う価値があったと思えるかどうかまでが考えられていないように見える『きゃくほんかのセリフ!』の主人公には共感できません。
 これが正しければ、「客の方を見ていない、客のことを考えてない」ってことですから。
 
 そしてこれまたネットや某動画で見た、『けものフレンズ』のたつき監督による脚本トゲ抜きの話(リンク有)とも合わせて考えると、上からのオーダーや盛り込むよう提示された要素を全部そのまま入れて尺に合うように構成したらほぼほぼプロットのままような脚本になり、説得力を持たせるために描写を入れる隙間が無くなった、あるいは説得力を持たせる描写を入れることさえ考えず形にした、という可能性もあるかもしれません。
 プロットを映像化したものだ、と言われると「確かに」と思えるところ結構あるんですよね。
 程度にもよりますけど、プロットはストーリーの要点を箇条書きにして抜き出したようなもので、それを軸に肉付けして物語を作っていきますから。
 なので、プロットの時点だと、例えば「AとBが喧嘩する」「Aの前に敵が現れてピンチ」「Bが現れて敵を倒す」「仲直り」といったように簡潔な流れだけをざっと書いておいて、実際の物語では、喧嘩の原因となる「AとBそれぞれの思いのすれ違い、それを相手に伝えず内側に溜め込んでいくなどの過程」を描いてから「AとBが喧嘩する」場面に移り、それから「それぞれが相手のことを考えたり自分を見つめ直したりする描写」を挟んでこれまでと今後の行動に説得力を持たせつつ感情移入もし易くし、「Aの前に敵が現れてピンチ」になった時タイミング良く「Bが現れて敵を倒す」ことで「仲直り」をしようとするストーリーとして、読者が理解し納得できる自然な流れを演出していくわけです。
 これが、プロットのまま作品化してしまうと、喧嘩の原因や過程が描かれないため、何故この2人が喧嘩しているのか読者は理解できません。そして敵が現れてピンチになった時に喧嘩して別れたはずのBがいきなり現れて助けてくれるのも不自然に映り、その理由や過程、2人の心情も描かれていないので、妄想で脳内補完できない読者には、いきなり喧嘩したと思ったら助けにきて仲直りとか、こいつらが何を考えているのか分からん、となるわけです。
 この繋ぎや積み重ねになる描写がない、という点は『けものフレンズ2』にも当てはまりそうなパターンな気がします。
 「何でそうなる?」がかなり多くありますし、完成品をそのまま見れるわけではないシナリオ製作中はプロットで大まかに内容を見て問題なさそうならゴーサイン、ということもありえそうですし。
 
 たつき監督はirodoriが少人数のチームということもあって、一人で声優以外の仕事がこなせるとまで言われる人物であるため、映像や全体を通して一貫した脚本構成が可能だったのかもしれません。
 視聴者の目線で作品を俯瞰して考えることが出来る人ならば、物語への説得力は疎かにはしないでしょう。たつき監督によるセリフの訂正やセルリアンとの戦闘シーンは、「視聴者がどう受け取るか、どういう印象を受けるか」「視聴者にどういう印象を与えるか、与えられるか」「その上で視線や意識を誘導して物語に入り込ませるにはどうしたらいいか」を良く考えているように私には見えます。
 
 トゲのある方が好き、という趣向の人も当然中にはいると思いますが、『けものフレンズ』に関しては、たつき監督の手掛けたものが多くの人にウケて大ヒットしたという実績から考えれば、その時にファンになったほとんどの人たちとってにはトゲのない方が好みだった、ということなのでしょう。
 
 ちなみに、「2」が普通に見れる、面白い、という人に多いと思われる超解釈力(前半の例えだと持参した調味料で美味しく食べちゃう人)ですが、これは、「見ている作品が自分の考え通りの内容じゃないと嫌だな」という強い思いから来る、「自分の思い通りにいかなさそうな描写を捻じ曲げて都合良く無理矢理解釈する才能」ではないかと分析します。
 イエイヌとキュルルの「おうちにおかえり」発言の辺りを例に出すと、ほとんどの人は見たままの映像から「キュルルの奴、お礼も労いもせず何も考えずにオウム返ししやがった!」となるわけですが、超解釈力のある人は「(ここで何も考えてなかったらイエイヌは報われないし、そんな嫌な展開あるはずがない、つまり)あの一瞬首を傾げる間に色々考えてそれが一番互いのためになる選択だと判断した(こう解釈できるからこれは感動的なシーン)」となっているのではないかと推測します。
 こういう、自分にとって都合の良い方に想像力が豊かな人ってのは得だと思います。自分が嫌だと思う解釈を無意識的に拒絶し、描かれていない描写を、描かれていないが故にそうあったかもしれない、そうあってほしいという妄想で補って解釈できてしまうので無敵です。「だってそう考えた方が楽しい、幸せ、面白い(何故みんなそう考えられないの?)」がその人のスタンスなのですから、誰かに止められるものでもありません。
 これはこれである種とても貴重な才能だと思いますし、見たままをストレートに解釈した結果意見が異なる人とは相容れることがないので、その解釈はおかしい、と否定の方向で争っても決着つかないと思います。
 作品を見て抱いた感想、評価、印象が全て、というのにはそういう多くの人とは異なる楽しみ方が出来る人も含まれると思うので、自分と相容れぬ価値観や評価をする人がいても、噛み付いたりはしない方がいいと思います。自分の感性から見てあんまりにもぶっ飛んだ解釈をしていると思う人だと、時と場合によっては噛み付きたくなる気持ちが分からないわけではないですが、不毛なので。
 ただ、これがクリエイター側となると「全員が全員あなたみたいに解釈できるわけではないので、ちゃんと丁寧に描写を入れて、あなたの思う通りの解釈ができるように作って下さいね。そうでなければあなたと同等の解釈力を持たない人以外には評価できない作品になりますよ」となるのでしっかり積み重ねを描写する必要が出てくるわけで、クリエイター側が「ここの空白からこういう解釈できないの?」というのは通用しないと思う次第です。
 
 また、実際に悪意は込められていたのか1期のイメージを落として2期以降を展開するための下地を作ったのではないか(リンク有)、という陰謀論にも近い疑問については、正直私には分かりません。
 というか、関係者による暴露でもないと現状どのようにでも解釈してしまえる状態になっていると思っているので、これはもう各自がどう思ったか、どう感じたか、がそのままそれぞれの思う真実ってことにしておいてもいいのではないかと思っています。
 何度も言っている、「作品を見て客が抱いた評価が全て」という奴です。
 結局、製作者の本音や事情に関わらず『けものフレンズ2』は「客にそういう評価、感想、思いを抱かせる作品であった」ということには違いがないわけですし。
 それは違う、と否定したいのであれば、製作側の主義主張思惑諸々が見た客にも正しく伝わるような作品として世に出すべきで、ここまで声を上げる人が多いとなると、そういうものが伝わる作品に出来ていないのと同義です。
 前作の出来や客の印象、期待値など、これからの続編を展開させるのに邪魔だから2期ごとKFP全体の評価を一度地に落とし、評判のリセット、あるいは「2よりマシ」な続編展開をしていこうという考えが事実であったのなら、これはクリエイターの風上にも置けない精神性だと思います。
 クリエイターであるなら、それに挑戦し「もっと良いものを、あれより客が満足するものを作って見せてやる!」「自分の描く作品が一番面白い!」ぐらいの思いを持つべきだと私は思います。
 そういう気概を持っていての結果がアレだというなら、「客の目線を理解してから出直してこい」ってところでしょうか。
 というか、それで全体の評価落として客に唾吐かれるようになってIP死んだら元も子もないでしょうに。
 
 ここまで関心が高いと暫くおさまりそうになさそうですね。
 いやしかし、自分でもここまで書いててつくづく思いますが、研究考察の題材には適してますねこれ。
 これからどうなっていってしまうのか行く末は私も気になるところです。
 今回もまた長々と記事を書いてますし、それだけ強烈な出来事ではありましたが、今後どうなるのやら……。
 
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テーマ:けものフレンズ - ジャンル:アニメ・コミック

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