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思考の最果て
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白銀(WriteIDEA)

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週刊 WriteIDEA -2019.4.26-
 <今週の白銀>
 ゴールデンウィーク直前です。
 私の場合は明日、つまり27日が出勤になっていますが、来週は6日まで丸々休みが続く形になりました。
 日頃から時間がない時間がない言っているのでこの休みはありがたいのですが、その中でどれだけ進めたいことが進められるのかは分かりません。
 他にもやりたいことが多くあり、部屋の整理や模様替え(ゲーム機材の配置場所を変えたい)もしたくなってきていて、このタイミングでやるべきか、PCの買い替えも考えつつあるのでその前後でするべきか、悩ましいところだったりします。
 
 ちょっと仕事関連の話をしますが、まとまった休みを長く取らせる、という方針そのものは別に良いのですが(私も休みは多い方がいいし)、それに対して仕事の納期等に余裕を持たせてくれないと末端は負担が増えるだけという場合も少なくないと思うのですよね。
 大企業や中心的なところは休むのに、下請けや末端のところには「休み明けに直ぐ手を付けられるよう納入せよ」みたいな仕事の振り方をすると、それを受けざるを得ない下請けや末端は休み返上で仕事をしなければ間に合わなかったりするわけで。営業で取引先と話をしていると良く聞くんですよね、そういう「納期がきついから休日も仕事してる」って話。
 かといって、具体的な完全案があるかというとそういうわけでもないんですが。
 小売や飲食店のような仕事だと、今回のような長期休暇のタイミングは逆に忙しくなりそうですし。
 
 
 
 
 <創作の現況>
 『救国のアルザード』11章進捗35%程。
 
 
 <IDEA Pickup>
 『伏線』についての話、第二回。
 
 今回はもうちょっと具体的、というか私が普段物語を考えている際に『伏線』をどう配置しているか、という部分について。
 私が『伏線』を盛り込む際のパターンは大きく分けて2つあって、1つは「用意しようと思って用意する」、もう1つは「既にあるものを活用する」というもの。
 前者については、プロットなどの段階で既に決まっている展開や情報から、逆算して『伏線』を用意するパターンです。言ってしまえば、狙って配置する『伏線』と言えます。前回例に出した『ライト・ブリンガーⅠ』の話がこのパターンで、最終戦で主人公を窮地に立たせる展開は決まっていたため、各部で主人公が寿命を磨り減らして強敵を撃破していく、という展開は意図して描いていました。このパターンは、既に決まっている展開や情報のために、あらかじめそこに向かう積み重ねとなる展開や情報を『伏線』として盛り込んでいくという、言わば先を見据えて組み立てていくという方式です。
 後者の方は、それまでに既に描いてきた部分の中から「それが伏線になるような展開」を描く、というもの。私の場合、こちらは狙って用意するというよりは、偶然そうなっていた、ということが多いパターンです。意図せず『伏線』と言えるような描写を既にしていたといったような感じで、それを特に『伏線』として意識して描いたわけではない、というものもちらほらあります。こちらのパターンは、作品としての積み重ねを厚くしようとした結果、それが『伏線』のようになっていたり、もしくはプロットの段階で書いていなかったような全体に影響しない小さな展開や情報に対して、それまでに描いてきた描写などが『伏線』に見えるような展開や情報を追加したり、といった具合。
 私の場合は狙って『伏線』にしたものと、特に意識せず気付いたら『伏線』になる形で描いていたものがあります。
 多くの場合、プロットなどで確定している事象に対しては、そこへ向かうため、あるいはそうなる説得力を持たせるための積み重ねとして『伏線』的なものを描きますが、そういう場合はプロットの時点で『伏線』となる事象が既に盛り込んでいることが多いです。
 また、キャラクターや世界観、設定の掘り下げをしようと描写を重ねていくうちに、自然と後の展開への『伏線』とも取れるような描写をしてしまっていた、ということもありました。『ライト・ブリンガーⅠ』は長く続けた作品だけあって、このパターンが多い作品でもあります。
 自画自賛的になってしまいますが、掘り下げなどによる積み重ねやキャラクターの描写がしっかり機能すると『伏線』とも言えるものにもなりうるのだと思います。
 そう考えれば、『伏線』として意識するしないに関わらず、「どうしてそうなるのか」ということが受け手にもきちんと理解できるように描いていくことが大切だと思えます。
 
 物語の着地点、描きたいテーマやシーンにとって、それまでの全ては『伏線』だとも言えるかもしれません。
 
 
 <娯楽万歳>
 話題探し中
 
 
 <連載>
 『ユー・アンド・アイ』
 著:白銀   原案:遠藤 敬之 
 #18
 
 
 となるとそのうちAMATが反乱を起こす、なんてフィクションのような未来が訪れたりするのだろうか。
 今でも、人間と同等の知性をAIに持たせることは出来ていない、と言われている。知識や行動パターンがどれだけ豊富になっても、それは人間のような自我を持たせたとは言えないのだそうだ。プログラムで制御されたAI、擬似的に人格があるかのように見せかけて反応し動くだけの道具の一種だと、そういうことになっている。しかし、あらかじめAMATだと知っておくか、ホロエフェクトなどで判別できなければ、今でも人間との違いは分からないのではないだろうか。
 逆に、ロボットを装った人間の可能性はないか、等と飛躍した考えさえ浮かんでしまう。
 いや、と頭を振る。
 こんなに都合良く指示通りに動いて、それに不満も持たない人間は実際にはまずいない。どれほど奴隷のようにこき使われても、AMATは不満一つ口にせずそれに従うだろう。そういう風に作られた道具なのだから、人にとって都合の良いものになっているのは当然なのだ。
 英司が抱いたこれらの感想も、シルヴィが、AMATが購入者にとって理想通りとも言えるほど都合良く出来ているからこそ出て来たものだろう。
 人と変わらないなどと、よくも思えたものだ。目が覚めたら目の前にいる者を主と認識し、何の疑問も抱かず指示に従うことが果たして人間らしいだろうか。
 浴槽の中で両手を伸ばし、背伸びをし、軽く肩と首の関節を回してほぐすと、大きく息を吐いて湯船から出た。
 脱衣所のバスタオルで体を拭いて、肌着だけを身に着けて濡れた髪を拭きながらリビングに戻る。
 
 
 ――つづく
 
 
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