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思考の最果て
雑記、ゲーム、運営サイト関連など、気ままに。毎週金曜に定期更新予定。
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白銀(WriteIDEA)

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週刊 WriteIDEA -2019.5.17-
 <今週の白銀>
 今週の15日で『Write IDEA』が14周年でした。
 14年も経ったのか、と感慨深くもあり、これまでの人生の半分ぐらいをこのサイトと過ごしているのだと思うと、複雑な心境です。サイト設立から間もない頃は、記念だ節目だとあれこれやる余力がありましたが、今はそういったことをやるのにも事前に考え準備しなければ実行に移せなくなってきています。
 突発的に何かをやる力がなくなった、というよりはどちらかというと、やるからにはそれなりの質や中身のあるものを、と考えるようになったために、事前に構想を練ったり、準備が必要になったりするようになってしまった感じです。
 思い返してみれば小説についても同様で、感覚を信じてザクザク書き進められていた昔に比べ、今は慎重になり過ぎているような気もします。それが悪い変化だ、とまでは思っていませんが、かつてのスピード感を羨ましくは思います。
 
 
 
 
 <創作の現況>
 『救国のアルザード』進捗45%ほど。
 
 
 <IDEA Pickup>
 『解釈』の話の続き。
 
 飛躍した『解釈』や考察というのは、「作品にそういう解釈をしてしまえる余地がある」という場合と、「解釈者がそういう解釈に繋げられてしまうだけの知識や感性がある」という場合に大別できると思っています。
 前者の場合は、前回で言うところの『解釈』を絞り込む描写が少ないがために別の『解釈』をしてしまえる、というパターンですが、こちらは下手をすると「描写不足」にも繋がりかねないものです。
 後者の場合は雑な言い方をするなら「強引なこじつけ」とも言えます。
 これらは両方とも揚げ足取りにも近かったりするのですが、作品の描写を色んなものにこじつけてそれらしい『解釈』を生み出す、というのは実際には中々難しいものだったりもします。描写が多かろうと少なかろうと、その隙間にこじつけを捻じ込んでこじ開けて、解釈者の意図する『解釈』に無理矢理繋げて行く、というのは簡単そうに見えて、しっかりやるのは意外と難しいものです。
 何せ、その飛躍した超『解釈』に説得力を持たせるためには作品同様に相応の理屈付けや説明というものが必要になりますから、見た人を納得させるような超『解釈』や考察というのは、その作品と矛盾せずかつ多くの人が抱くであろう『解釈』とは異なる『解釈』をさせるための誘導と説明が求められるものだからです。
 この作品と矛盾せず、という部分が実はかなり重要で、どれだけ無茶苦茶な理屈や理由による『解釈』であっても、作品そのものにその『解釈』を否定するようなものがない場合は、「否定できる材料もないし、そういう解釈もできるか……」となるわけです。逆に言えば、否定されないように作品の穴を突くような『解釈』をすると超『解釈』をしていくことが出来てしまうわけです。
 『解釈』の幅を狭める描写が少ない作品ではこういったことがやり易いわけですが、こういう飛躍した『解釈』が出来てしまうから駄作、面白くない作品だ、というのは早計だと思います。描写によって『解釈』の方向性を絞ったり、限定したり、あるいは広げておいたり、というのも大事なことではありますが、作品の面白さを決める要素はそれだけではないでしょうから。 
 
 また、こういった半ば無理矢理な『解釈』もまた間違った見方とは言い難く、仮に作者が否定したとしても、『解釈』をした側が思い感じたものはその人のものだと思います。
 とはいえ、あまりにも描写されていない部分やどうとでも拡大解釈できるようなことを逆手にとって、自分にとってだけ都合の良いような脳内補完や『解釈』をしても、本人はともかくとして他者からその『解釈』に共感を得られるとは限りません。
 自分の『解釈』だけが間違いのない絶対的な答えである、と他者の『解釈』を頭ごなしに否定するのは良いことではないと思います。
 
 
 <娯楽万歳>
 時間取れず休載
 
 
 <連載>
 時間取れず休載
 
 
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