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思考の最果て
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白銀(WriteIDEA)

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週刊 WriteIDEA -2019.11.1-
 <今週の白銀>
 そういえばPS4版『Bloodstained: Ritual of the Night』が発売になっていました。
 私、これのクラウドファンディングに出資してたんですが、Vita版製作中止や発売延期などもあって、意識からだいぶ抜け落ちてました。
 いわゆるバッカーにはなっていたものの、クラウドファンディングとしての『Bloodstained』のメンバーページや情報ページはほとんど見に行かず、最初期に出資してそのまま、という感じだったのでその後の製作状況などについては普段見ているゲーム情報サイトなどに掲載されたりしたのを見ていたぐらいだったわけですが、ようやく発売が決定したのかと思っていたら何だかグダついたようで。
 発売日に届いたのは出資金額特典の物理サントラやキーホルダー等だけで、デジタル版で出資していたのですがダウンロード用のコードもまだ配信されていないという有様でした。物理パッケージを店頭購入すれば発売日に遊べたとかで、本来ならば最も楽しみにしていた層であろう出資者たちが発売日に遊べない(発売日に遊びたければパッケージを重複購入しなければならない)なんて不誠実と言わざるを得ません。
 後のコーナーでクラウドファンディングそのものについては触れるとして、今回の『Bloodstained』の発売前後のぐだつき方には流石に良い印象は持てませんね。
 
 
 
 
 <創作の現況>
 『救国のアルザード』12章進捗70%。
 
 
 <IDEA Pickup>
 休載。
 
 
 <思うことあれこれ>
 というわけでちょっと『クラウドファンディング』についてちょっと思うことを書いていこうと思います。
 私はこれまでにクラウドファンディングには2回参加していまして、1回目は『Mighty No.9』、2回目は『Bloodstained: Ritual of the Night』に出資してバッカーとなっています。
 なのでゲーム以外のクラウドファンディングがどうなっているかについては詳しくないので、この2回を経験して思ったことを述べます。
 
 まずざっくり概要を説明すると、「こういうことしたい」という企画者に対して「それ欲しい、見たい」と思う人たちが各々出資して製作費用を捻出していくというシステム。
 これ自体は新しい物作りの仕組みとして悪くないと思っています。
 昨今はものによって制作費が高騰したり、従来通りの「予算を確保して製作→販売して利益を上げる」という見通しが立てられない場合もあり、大小差はあれど需要はあるのに供給がない、できない、ということも増えている印象です。
 クラウドファンディングという仕組みは、出資者が集まって、設定された最低限のストレッチゴールまでの金額に到達できれば製作が決定し、出資した人たちにはバッカーリワードとして完成したものが手に入る(リワードで完成品を入手できるかは出資コースにもよりますが)ため、需要と供給が一致するという利点があります。
 当然、出資金額が製作決定に届かない場合もあるわけですが、その場合は単純に需要が足りないと言える形になります。
 
 日本におけるクラウドファンディングは知名度が上がってきましたが、それでもあまりメジャーにはなっていません。
 問題点、というか個人的に感じる課題としては、『出資へのハードル』『時間がかかる』の2点が大きい気がします。
 1つ目は、単純にクラウドファンディングという行為自体がまだ一般的に普及しているとは言えず、クラウドファンディング企画も海外サイトベースで英語表記だったり、支払い方法の指定が固定化されておらず、クレジットカードや海外の支払いサイトを経由しなければならなかったり、日本人が参加するには仕組みの理解も進んでおらず敷居が高く感じられるということ。
 2つ目は、そもそもクラウドファンディングに企画が立った段階では製作そのものが決定しているわけではなく、出資金額が足りた後に製作が決まるため、完成までに相応の時間がかかってしまうというシステム構造そのものの弱点です。
 ものによっては、製作が決定してから出資金額を元手に制作会社を探したりする場合もあるでしょうし、完成品を直ぐに購入できるわけではない、未来に出来るものを先行投資で購入しておく、といった感覚になる部分も参加のハードルを上げているところだと思います。
 
 仕組み上、「今こういったものを作っていて、こんな感じのものが近々発売されます。買ってね」といった従来のようなマーケティング形態にはなりにくいため、そういう意味でも具体的にどうなるかが掴み難く、既に作られつつあるものを自分の好みに合致しているかを考えて買うか判断することもできません。
 製作途中で自分の望んだものからズレていく可能性もあり、先行購入するような形になっているため、返金などもされません。
 製作開始までに出資期間を設けたり、当然ながら製作そのものにも時間がかかる都合上、製作途中で当初の予定と変わっていったり、変わらざるを得なかったりする部分もあります。
 流動的な部分が大きいというのは不安定とも言い換えることができ、クラウドファンディングの長所は短所と表裏一体です。
 
 2回出資してみて、私個人としては自分にはあまり向いていないシステムかもしれないなと思うようになりました。
 どうしても欲しい、というものであれば話はまた変わってくるのでしょうけれど、今現在の私は頻繁にメールや製作状況をチェックしたりすることもなく、間が開き過ぎると意識から抜け落ちていきかねないというか、実際にそうなっていたので、興味や情熱がどんどん薄れていってしまうなと。
 とはいえ、クラウドファンディングという仕組み自体は、クリエーターの選択肢としてはありだと思っています。
 
 
 <連載>
 『ユー・アンド・アイ』
 著:白銀   原案:遠藤 敬之 
 #30
 
 
「でも、そんな未来もそう遠くないのかもしれないな」
 AMATが比較的安価になり、かつ普及もし始めている。
 英司も実際にAMATを所有するに至り、その性能を目の当たりにしているのだから、他人事には思えない部分もあった。
 代理労働に特化したAMATというのも今後考案、発売されていくのだろうか。そしてそういった自身の所有するAMATに働かせるという未来が来たら世界はどうなってしまうのだろう。
「ちょっと考えちゃうね、人間どうなるのかな、って」
 桜井はどんな未来を想像したのだろうか。
 人が働かなくなった社会は正常に回るのだろうか。
 今人間がしている仕事の大部分がAMATで出来るようになれば、企業としてはメリットも多い気がする。人間と違って感情や体調、個人の能力に左右されることなく仕事ができることになるからだ。仕事の効率や内容がAMATの性能に依存するのであれば、それに特化した労働用モデルも増えていくだろう。AMATに合わせた企業に労働力して派遣するのか、企業に合わせてAMATを選ぶのか。
 労働力の対価としての賃金で自分の生活とAMATの維持管理を賄えるかどうかがポイントかもしれない。
 
 
 ――つづく
 
 
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